ラスト・ラン 〜僕らの光〜
「誰があんな母親に感謝するかよ」
ぽろりと口にした本音。
自分でも驚くほど低く冷たい口調だった。
江原先生が怪訝そうに眉を寄せてこちらを見ていたが、斗真はその視線に気がつかない振りをして、窓の向こうを眺めていた。
長く、静かな沈黙が流れた。
やがて小さな物音がし、見ると江原先生が飲み干したマグカップを水道場で洗っていた。
それが終わってからも先生はただ黙って座っているだけで、何も聞こうとしなかった。
「…俺、そろそろクラスに戻る」
なんとなく気まずい空気に耐えきれず、斗真は静かに保健室を出ようとした。
「三浦君」
直前に名前を呼ばれ、斗真は振り返る。
「先生ね、一度でいいから息子から花を贈ってもらうのが夢なんだ」
「…えっ?でも先生、確か一人娘じゃ」
先生はくすくすと小さく笑った。
笑うと浮かぶ目元のしわでいっそう優しさが顔に滲み出ている。
「母の日期待してるからね」
そういって江原先生は斗真の肩をぽんぽんと叩いた。
その温もりは、斗真の心を一瞬だけ優しく包んでくれた気がした。
「はい」
江原先生が自分の母親だったらどんなに幸せだっただろうか。
最近、本当にそう思う。
斗真にとって、保健室は一番癒やされる空間だった。
江原先生は他の先生と違って、必要以上に干渉せず、静かに見守ってくれている。
何気ない気遣いが今の斗真にとって居心地が良かった。