ラスト・ラン 〜僕らの光〜
自宅が見えると斗真はカーネーションを鞄の奥へと隠した。

すると自宅の門の前で車が止まっているのが見えた。

ぴかぴかに磨き上げた黒いセダン。

それは何度も目にした車で、斗真の鼓動が激しく波打った。

車の中から出てきたのは三十代の男性。

白いポロシャツの上に淡い水色のセーターを羽織り、ベージュのパンツと物腰の落ち着いた格好をしている。

きっとまたゴルフにでも行くのだろう。

斗真は無意識にそう思った。

やがて、玄関から着飾った女性が出てきた。

長い髪を綺麗にまとめ上げ、真っ赤なベージュに普段は着ないワンピースの姿に母親の面影はなかった。


「ごめんね。主人から電話がかかってきたものだから」

「出たの?」男性が尋ねる。

「まさか。留守電に伝言が入ってて今晩は遅くなるって」

「…あの子は?」

「あの子って斗真のこと?大丈夫よ、彼にはゴルフスクールに通ってるって伝えてあるから」

「そう」男は母に微笑みかけた。

「今夜は長く一緒にいられるね」


二人は肩を寄り添うようにして笑った。

まさか息子が後ろで見ているなんて知る由もないだろう。

男の手がゆっくりと母の真っ赤な唇をなぞり、やがて二人は軽くキスを交わした。





もはや、目の前にいるのは母ではない。



斗真の知らない、ただの女だった。




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