予定、未定。
この状況と美少女のあっけらかんさに、段々寒気すら覚えてきた。

…ズレてんのは俺じゃない、と思いたい。

追い討ちをかけるように、潮風がずぶ濡れの身体から遠慮なしに体温を奪っていく。

(風邪引くかも…)

思わずぶるっと身体を震わせれば、それを見た彼女は眉をひそめた。

「…行きましょうか。
あんまりここにいると風邪引くわ」

(……あ、)

…もしかして、いやもしかしなくても、…気を遣ってくれたのだろうか。

風に靡く長い髪を鬱陶しそうにかき上げる彼女をじっと見つめる。


……一瞬、…まともな事も言うんだ…とか頭によぎったのは仕方がない。と思う。


そして彼女はひょいっ、と櫂を手に取り…

「…え?」

…俺に手渡した。

ぼうっとしてたために反射的に受け取ってしまった櫂は、ぎしり、と手に重みをかける。

数秒間、櫂を見つめて、得た答えは一つしかない。


「…俺に、漕げと?」

「寧ろそれ以外に何があるのかしら」

「……俺漕いだことな、」

「だって貴方、陸側にいるでしょ。
貴方が漕がないと戻れないじゃない」

「……」

「それとも何?
あたしに漕がせる気?」


この上なく優美に笑む彼女に、もはや何も言えなくなり、


「……………わかった」

素直に従う他なかった。








―――――――――――
―――――…


ギィ…と櫂の軋む音と波の音だけが響く。

「…」

「…」

全く会話の無いまま、舟は陸へ向かっていた。

…なんだか物凄く気まずい雰囲気だが、漕ぐことに集中していればあまり気にならなかったのは有り難かった。

でも、気まずさは誤魔化せても、身を切るような冷たい風からは逃れられず、度々寒さに震えていた。


ちなみにあの女子はずっと海を見つめて動かず、その表情は俺からは全く見えない。


気づけば、日はすっかり落ちていて、辺りは黒に染まっていた。

それでも、手の届かない遥か頭上からの月光や星の瞬きが辺りを照らしていたから、完全に真っ暗という訳ではなかったけれど。




仄暗い夜の中。


漕ぐ度に目に映る海は、全てを飲み込むような黒だった。


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