魔王に捧げる物語
遅すぎる世界の中。
僅かな空間から、漆黒の羽と共に素肌の指先から始まり、腕が伸びてきた。
金緑の爪が羽に触れると同時に黒い手袋に変わり、
露出していた腕も袖に隠される。
だんだんと現れるそれが背後からミラを抱き締め、首筋にふわりと何かが埋まり、震えた体がしっかりと安定した。
迫っていた刃も砂になって消える。
代わりに大小様々な翼が視界を独占した。
助けを、求める余裕もなかったのに来てくれた。
確かめなくてもわかる。
でも、
「ニ……ル…?」
と、呟いた声は情けないほど震えて小さかったが、首筋に埋められていたそれが動いて、
お腹の辺りを抱く腕に少し力が入った。
そして、高圧的な言葉が紡がれる、
「己の領分を忘れたか、人間共」
霜つくように静かな威圧感が辺りを支配した。