キミが刀を紅くした
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瀬川村崎
それはまだ誠が街を守り、時代は徳川十五第当主慶喜が操っていた頃の話である。その頃は武士だけでなくほとんど全ての人が肩で風を切って街を歩く事ができた。それをしないのは攘夷か暗殺者だけだと言われるくらいである。
だが人々は知らない。仮面をつけた暗殺者はすぐ隣にも潜んでいると言うことを。平和の裏側は決して平和ではない。秩序と規律が生まれたのはそれに反する者がいたからなのだ。そしてそれは悪ではない。信念を通し続けた人の話を聞かない馬鹿者である。
そして――
馬鹿者も案外、近くに居るものなのだ。ここにも一人、それに気づかない馬鹿者がいた。
「あぁ、刀ばかりが折れていく。働き口も見つからないのに」
京の中心から少しだけ離れた小さな集落。俺、瀬川村崎はそこに一人で住んでいた。
稽古だけで何本の刀を折れば気が済むのか知れない。これで折れた刀は六本目であった。元々ボロかった刀にも多少の問題はあるはずだ……が、使い手が悪いと言うのも理由の一つに入るだろう。
俺は静かに自分を叱咤してから折れた刃を丁寧に鞘に収めた。そして、自宅の倉へ向かう。倉には価値のない宝物と、折れた刀五本を保管している。他にもあるだろうが、探索したことはない。
戦も争いもない世だが、武士たるもの曲がっていようが常に魂を腰に下げていなければ落ち着かないのだ――たとえそれが落ちぶれた家の田舎武士だとしても。
父が徳川に見捨てられて何年が経つか。命を救われて、と言う方が父的には正しいのだそうだが。単に御上に捨てられた駒ならば働き口も山とあったかもしれない。
だが、父は幕府を追われて徳川の旦那に「斬る価値もない」と捨てられたのだ。なぜ彼が追われるはめになったのか、それは父が死んでしまった今ではもう分からない事である。まあそれは良い。
「これが……最後か」
父が俺に残したのは、家と倉とほんの少しのお金と、錆びた刀を七本だけだった。そして刀は、七本中、六本が折れてしまった。
たった一ヶ月で。
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