キミが刀を紅くした
京一番の色男
――負けた。宗柄に負けた。
そりゃあ彼は強いから、今までだって何度か負けた事はあるけれど。問題は負けた場所にあった。
「丑松、今度は西館の九里さんが狙われたって話しだよ。あんたがいるってのに最近物騒だねぇ」
「うん。本当に」
島原の番犬が島原で負けた。その秘密は俺と宗柄だけのものだったはずだが、トシが捜査の関係上知る事になってしまった。
それが何処かから漏れた。
だから男共は吉原丑松が弱っていると考えて遊女や首代にまで手を出し始めている。金も払わず。
「その件について今日はお松の所で話し合いでもしようかと思ってるんだ。ごめんね幸さん、なんだか心配かけてしまったみたいで」
「構わないさ。それより大丈夫なのかい? 噂は色々あるけど」
「大丈夫。ふあーあ、欠伸が出るくらいだよ。じゃあ俺は行くよ。白昼に起こしちゃってごめんね」
幸さんは笑って手を振ってくれた。俺は華岬を出てお松の屋敷に行こうとした。だが悲鳴が聞こえてしまう。 あぁまた現れたか。
急行してみればそこは西館前。九里さんが襦袢姿のまま男に引きずられている所であった。酷い奴もいたもんだ。なんて事してるんだよ、人の母親たちに。
「丑松!」
「今行くよ九里さん」
男が刀を抜こうとするので俺はその手を制して男の首に小刀を押し付けた。よくその程度の力量で武士を名乗っていられるもんだ。
逃げた九里さんは乱れた襦袢を直す。そうこうしている間に西館の女たちが騒ぎに駆け付けて、九里さんに羽織を貸してやった。
「島原の女に手出してただですむと思ってんのかい、武士の旦那」
「ひいっ」
「命をもらっても足りねぇ」
つまりこんな事件が多発しているのは島原の鬼神である俺の株ががた落ちしているからなのだ。奴を殺して名誉挽回してやろうか。
と思って小刀を持つ手に力を入れたら九里さんが俺を呼んだ。
「殺しちゃいけないよ」
どうして、とは聞かない。
なぜって彼は九里さんの馴染み客だから。ここで上手くあしらうのが夜の商売に繋がるのだから。