キミが刀を紅くした
女騙しは過去にもいた。島原はつまり遊戯の為の場所であるから純粋な恋愛に弱い女が多い。純粋な恋愛を知らない女が多いから。女騙しはそれにつけ込むのだ。
「八重さん教えてくれる? 京吾朗さんって苗字は何て言うの?」
「さあ知らないよ、でも丑松。京吾朗さんは良い人なんだ。九里さんが言う様に私は騙されてもないしね。酷い事はしないでおくれ」
「しないよ。八重さんは京吾朗さんって奴の事が好きなんだよね」
「好きだなんて、私はそんな事言える様な女じゃないよ。分かってるだろ、島原にいるんだから」
「島原はいつから恋愛禁止になったの。誰もそんな事を定めてないよ。それで、その人何処の人?」
「京吾朗さんは賭博場の人だよ。何でも運の女神に愛されてるらしいから、私もこの前、賭博場にご一緒したんだけど凄かったんだ」
気に入らないな。
「ありがとう八重さん。長い事ごめんね。夜もあるからもうゆっくり休んで良いよ。助かった」
「丑松」
「大丈夫。酷い事はしないから」
恋する女は少しばかり可愛いと言う。だから島原で恋愛は禁止になっていない。暗黙の了解として脱走と駆け落ちが禁止になっているだけ。手順を踏めば島原から出て行く事だって可能なはずだ。
今は煩い奴がいないから。
とにかく俺は島原を出て花簪へ向かった。椿は賭博場の事を良く知っているだろうし。それに近々俺にも紅椿が回って来るはずだ。
花簪の戸をノックすると、誰かが戸を開けてくれた。椿じゃないらしい。何だか開け方が雑だ。様子を見ながら中に入ると椿は珍しく番台に立って客と話していた。
「吉原の旦那」
「珍しい面子が揃ってるね。総司に半助、しかも椿が接客中とは」
いつもの様に段に腰を掛けると半助が茶を運んで来た。成る程、彼は椿の代わりに紅椿の面々の世話係を仰せつかったわけだな。
茶をすすって椿の方を見ると、彼女はまだ話し込んでいる。話し込んでいると言うより、あれは。
「どうやら、あの客は椿の姉さんにお熱みたいですよ。さっきからずっとあの調子を繰り返してる」
「誰だい、あの男は」
「さあ、名前までは――」