キミが刀を紅くした
―……。
俺が目を開けたのはとっくに日の落ちた島原で、しかも首代の屋敷ではなく華岬の一階だった。良い匂いがするとは思ったが俺の目に飛び込んで来たのは料理ではなく、俺を囲む無数の女たち。
「……何で起こしてくれないの」
「だって丑松さんが寝てる所見るなんて滅多にないんだもん。仕方ないでしょ、ねぇみんなあ」
口々に言う女を見ればお運びさんや案内役ばかりだった。道理で人の寝顔を重宝するわけだな。俺は遊女か首代の所でしか寝ないから。まあ俺の保身の為にだけど。
何を言わなくても俺を庇ってくれるのはそこにしか居ない。俺は俺が島原に来た時に居た遊女や首代の所でしか眠れないのだ。
「何で、俺ここにいるの?」
「絹松殿に言われて首代の方々が運んで来られたんですよ。起きたら仕事を頼んでくれって」
「起きたらって。俺は日暮れに起こしてくれって頼んだのになあ」
だが過ぎた事は仕方ない。
俺は起き上がって辺りを見渡した。どうやら大した問題は起こっていないみたいだ。例の事件も未遂らしい。それだけでも幸いだ。
鬼神が眠るうちになどと噂が広まれば二度と再起は不能だろう。
「華さんは接客中?」
「はい。あ、丑松さん。水饅頭があります。一ついかがです?」
「いただくよ。ありがとう」
俺は水饅頭を口に頬張った。とても美味い。何度食ってもこればかりは美味しいと感じられる。
島原で食うからこんなに美味いのだろうか。今度宗柄と村崎殿を誘って甘味屋にでも――。
「きゃああ!」
命知らずがお出でなすった。
「丑松殿!」
「何だ首代もいたのか」
「念の為です。それより太夫が」
「分かってる。妙さんたちは階段から回ってくれるかい?」
「はい!」
首代が三人妙さんに引き連れられて華さんの部屋へ駆け込んだ。俺は追い掛けずに水饅頭をもう一つもらってそれを食う。それからすぐに部屋ではなく、外に出た。
華岬の華さんの部屋には大きな開き窓があるのだ。下手してそこから飛び降りるなんて真似、まさかないとは思うけど――。