キミが刀を紅くした
華さんの返事は聞かずに動き出した俺は記憶にある声だけを頼りに椿と上松京吾朗を探した。
多分、これは俺の勘違いだと思うが――椿は京吾朗との約束を壊して欲しかったんじゃないだろうか。だから俺にも京吾朗の住処を言った。勘違いかも知れないけれどそれしか思い付かないのだ。
華さんの事件で群がっていた人の一番外側に二人は居た。俺は人を掻き分けて椿に手を伸ばす。だけど届かなくて、仕方なく二人の間に手にしていた小刀を投げた。
幸い、向こう側の屋敷に刺さっただけで誰も怪我をしなかった。
「丑松さん」
「お待たせ、椿」
待っていたかどうかは定かではないが、椿は微笑んでいた。
「何のつもりですか吉原殿! あんなものを投げるなんて、もし彼女に当たりでもしたらどう――」
「あんたこそ何のつもりだ上松京吾朗。椿が誰の女か知った上で彼女に手ぇ出してるんだろうな?」
「な、何を言うんだ。これは勿論合意の上に決まって――」
「問答無用だ。人の女に手を出す様な男に椿が靡くか。覚悟しろ。でなきゃ今すぐ椿から離れろ」
俺に恐れをなした京吾朗はそそくさと手を引いて行く。人混みはいつの間にか華さんではなく俺と椿の方を向いていた。俺は気にせず屋敷の壁から小刀を抜く。
そうして椿には目も暮れず華さんの元へ戻って行く。華さんを連れ出そうとした男の姿は消えている。彼女も九里さん同様に商売の上手い女だったらしい。
「よかったの?」
「構わないよ。捕らえた所で私の株が落ちるだけだからね。丑松が突き落とした分で十分満足さ」
華さんはにこりと笑った。俺ではなく俺について来た中村椿に。
「椿ちゃんが丑松の良い人だったのかい? さっきの剣幕は私の時より凄かった気がするけどねぇ」
「華さん、誰も椿が俺の女だなんて言ってないんだけど」
「でも人の女に手を出すなんてって、さっき叫んでたじゃないか」
「言葉のあやだよ。椿にだって相手を選ぶ権利はあるんだから」
噂の女、中村椿はただ微笑むだけだった。俺は何だか居たたまれなくなって華岬の中へ足早に入った。
(01:京一番の色男 終)