キミが刀を紅くした
情けは無用
復讐がしたいと言うどこぞの武士に頼まれて刀を打っていたら、いつの間にか村崎が鍛冶屋に来て俺の近くに腰を下ろしていた。驚きの余り言葉を無くして手にしていた鎚を床に落としてしまった。
だが村崎は気付かない。
昔にもこんな事はあったかも知れないが記憶に新しくなくて詳しく思い出せない。あれは何があった時だっただろうか。村崎がもぬけの殻みたいな状態だった時は。
とりあえず打っていた刀を仕上げて一式を片して、煙管に火を入れてから村崎の様子を確認した。
「村崎」
「なんだ」
「どうしたんだ?」
「別にどうもしてないが」
「なら何で十五回もため息吐いたりするんだよ。気が滅入るだろ」
「ため息?」
あぁだめだこりゃ。自分がため息を吐いた事すら覚えてないなんて。俺はため息を吐いた。村崎の瞳は珍しく虚ろ。と言うか紅椿の一件から彼が一人で鍛冶屋に来たのは初めてだったりするのだが。
明らかに何かあった様子だ。
「飯でも食いに行くか」
「飯はいらない」
「じゃあ甘味?」
村崎が立ち上がった。チャンスだ。何がチャンスかは分からないがこの機を逃す事は出来ない。俺は村崎の刀を引っ張って鍛冶屋を出た。彼は黙ってついて来る。
俺は近くの甘味屋へ歩いた。吉原に聞いたが、少し前に村崎は財布をすられたのを忘れて団子を頼んだ事があるらしい。
「あ、宗柄。村崎殿も一緒かい」
「吉原か」
「丁度よかった。誘いに行こうとしてた所なんだよ。さあさ、座った座った。何を頼むの?」
村崎は未だにぼーっとしたままである。俺は仕方なく彼の目の前で両手を打った。ばちん、と。
すると水を得た魚の様に目をぱちりと何度かした後で、静かに辺りを見渡し始めた。吉原は何事かと村崎の顔を伺い始める。
「どうしたんだい村崎殿」
「え、丑松殿?」
まるで分かっちゃいない。