キミが刀を紅くした
「昼前に鍛冶屋までふらっと来てため息ばっかり十五回も吐くもんだから俺が息抜きに甘味屋まで引っ張って来たんだ。そしたら吉原が居て、誘われたから座ってる」
早口に説明すると甘味屋の女が茶を三つ運んで来た。吉原も今来た所だったらしい。彼は躊躇いもなく水饅頭を二つ頼んだ。
「村崎、何食う?」
「なに、にしよう」
「俺は草餅を一つ頼む。吉原、水饅頭ってそんなに美味いのか?」
「島原で食べる水饅頭はどれも絶品だよ。今日は他所で食べても美味しいかどうか試しに来たんだ」
「じゃあ村崎も水饅頭にしとけ」
甘味屋の女は愛想良く笑って礼をすると去って行った。相変わらず、吉原は昼の甘味屋が似合わない男だ。そもそも昼が似合わないのだ。いつ寝ているのだろうか。
吉原は物珍しそうに村崎を伺い続けて俺の袖を少し引いた。
「村崎殿はどうしたの?」
「さあな。おい、どうしたんだよ村崎。考え込んでぼーっとして」
村崎は首を振った。やはり黙り込んだままだろうかと思った矢先に、彼はふと口を開き始める。
大和屋には言えない、と。
俺は茶を啜って落ち着くとゆっくりと息を吐いた。傷つくなんて繊細な心は持ち合わせていないから俺に言えないなら言えないで構わない。全然構わないが。
「じゃあ吉原に言え」
「しかし」
「聞いてやってくれよ吉原」
「勿論だよ」
丁度来た草餅を持ち帰り様に包んで貰った俺は、三人分の金を支払って甘味屋を出た。二人が何を話すのか気にはなるが俺には言えないのなら、仕方がない。
鍛冶屋に帰って暇でも潰そうかと思った所で、仕事が残っているのを思い出してしまった。復讐したいと刀を持ち込んだ武士に刀を届けなければいけない。
鍛冶屋に帰った俺は依頼された刀を手にして、またすぐに家を出た。向かうは賭博場の奥、上松京五郎と言う名の男の下である。