キミが刀を紅くした
復讐なんざ響きの良い言葉ではないが、訪ねた屋敷から出てきたのは吉原に似て女には不自由のなさそうな男前だった。復讐などと言う言葉は全く似合わない顔だ。
「上松だな。頼まれてたモンが出来上がったんで持って来た」
「ありがとうございます。折角ですからどうぞ、お上がり下さい」
俺は上松に勧められるままに彼の屋敷に上がり込んだ。至極綺麗に整っている部屋はまるで引っ越しでもするかの様に物がない。復讐前の整理整頓と言う所か。
人の部屋を見渡すのは趣味でないが、俺はある一室に目を奪われた。一つだけ片していない部屋があったのだ。いや、片していないと言う言い方は少し違うかもしれない。部屋には女物の衣類が並べられていたのだ。この部屋だけかなり異質を放っている気がする。
俺は通されたリビングに足を踏み入れて出された茶を眺めた。
「あれは」
――彼が語り始める。
「一人娘の弥生の物でしてね」
「娘がいるのか」
「いました。昨日までは」
昨日まで。
俺は意図が分からず視線を上松に送った。彼は端整な顔に哀しみと怒りを混ぜた様な表情を浮かべて、並んだ着物を眺めている。
「殺されました」
「誰にだ」
「紅椿に」
上松がそっと出してきた号外には島原の遊女誘拐未遂事件が大きく取り上げられていた。その角に上松弥生と言う女が紅椿に殺された、と小さく小さく載っている。
またも出現、と記事に負けないくらい小さな小見出しと共に。
「紅椿はご存知ですよね? 世を騒がせている暗殺者です。集団だと言う噂が広がっていますが」
「あぁ、知ってる」
「今やその恐怖は平生に隠れてしまっています。悪人を悪人と呼ばない世が築かれつつある。島原の未遂事件が実際に起きた殺人より大きく取り上げられるなんて」
「記事が大きけりゃ良いのか」
「いえまさか。そうじゃありません。ですが言いたい事はお分かりになるでしょう。あの、西崎露子を逃がした――あなたなら」