キミが刀を紅くした
「遅かったな。仕事か?」
珍しく誠を背負わない土方が俺の特等席に座っていた。非番らしいが刀は腰に下げたままだ。
俺は口ではなく土方を退かすと例の場所に腰を下ろした。そしてすぐに煙管をくわえて火を入れて煙を吐くと、鍛冶に使う釜戸の火を小窓を開けて確認した。
火は上々だ。
「何しに来たんだ土方」
「刀を打ってもらいに。他にあるか。吉原や瀬川じゃあるまいし」
「――まあ、そうだな」
土方が渡した立派な刀を受けとると俺は代わりの祖父の刀を手渡した。銀の片刃、刀身は腕一本程の長さになるが悪い刀じゃない。まあ土方のそれには劣るが。
さて、土方の刀を鞘から抜いて具合を見てみる。手入れは当然行き届いている。沖田や吉原と違って欠かす事はないのだろう。
それでも定期的に鍛冶屋に来るのは土方が仕事熱心で心配性だからだろう。彼は戦場では死なないと思う。寿命を全うしそうだ。
人は見掛けによらないがな。
「あれ。トシが来てる」
会話のなかった空間に派手で端整な男が舞い込んで来た。煙管の煙も気にせずにふらっと入り込んだ吉原は土方の隣に腰を下ろす。
いつも俺が休憩する場所だ。火からは離れているから暑くない。
「今日は客だ」
「そんな感じだね。あぁ宗柄、村崎殿なんだけど――着たみたい」
「着た?」
「紅椿だよ。上松京五郎を殺せって。さっき椿に聞いてきたんだけど半助に殺された娘の仇討ちを考えてるから、みたいだよ」
――あぁなるほど。
だから村崎は上の空だったんだな。まだ紅椿を受け入れてないのかも知れない。彼が今までやって来た殺しとは訳が違うから。
村崎が世荒しとして戦場を駆け回っていた頃は、わざと強い人を選んで戦っていたのだ。無抵抗で弱い人間など居なかった。
「上松京五郎」
ふと、土方が呟いた。
「知ってるの?」
「賭博師、だな。負けなしの」
「あぁ、捜査したんだっけ。でもイカサマの証拠はなかったんだよね。宗柄は彼を知ってる?」