キミが刀を紅くした
俺が釜戸の片付けをしていると大和屋の戸が静かに開けられた。俺と土方は無意識にそちらへ目を向ける――刀を下げた男だ。
服部じゃなくてよかった。あいつは戸の一つも静かに開けられないのだから。吉原が起きちまう。
「村崎、静かにな」
入って来た村崎は小さく頷いて俺の横に座った。いつもなら土方や吉原がいる場所に行くが、今回は定員オーバーになっている。
だが近い方が聞こえやすくて良い。今は特にそう思った。
「大和屋、今夜行ってくる」
「紅椿か」
「何だ。やっぱり丑松殿から聞いていたのか? 心配性め」
「そんなんじゃねぇよ。まあただ事ではないとは思ってたがな。お前があんな風になったのは――」
そうだ、思い出した。
昔に村崎が抜け殻の様になったのは、彼が初めて世荒しとして戦場に出た日の事だ。世間は三日千人事件と呼んでいるらしいが。
人を殺したのは初めてだったらしい。だが狼狽える事はなく人を殺し続けた村崎は意志のない人形になっていた。それを護るために俺まで三日間戦い続けたのだが。
「――初めてじゃないからな」
「世話をかけてるな。昔から」
「代わりに俺は迷惑をかけてるから相子だろ。大丈夫なのか?」
「何が」
「上松は、多分強いぜ」
「その方が良い。さて、俺はそろそろ行く事にするよ。日も落ちて良い頃になってきたからな」
村崎は立ち上がった。
「なあ村崎、上松なら……賭博場の一番奥に居るって聞いたぜ」
「分かった。ありがとう」
笑っている村崎の眉は完全に下がっていた。寝ている吉原と土方に軽く頭を下げた村崎はまた静かに戸を閉めて出て行った。
わざわざ言いに来てくれたのは嬉しいが本当に大丈夫だろうか。
「――良い友人じゃないか。心配していたのを察して初仕事の報告をしに来てくれるなんて、ね」
吉原が呟いた。