キミが刀を紅くした
吉原は友を売るなんて、と怒るだろうか。土方は疑問を抱くに違いない。だが俺は口にした。
「名前は瀬川村崎。家は知れねぇが今夜は賭博場の奥に潜んでいると聞いた。チャンスは一度だぜ」
「分かっています」
「まあお前が死ぬ事はありえねぇよ。目覚めが悪いからな、俺も近くで見守っててやる。新撰組も多分来るだろう。安心してやれ」
上松は力強く頷いた。俺はそれに応えるように軽く頷き返して息を吐いた。大丈夫、もう俺は疑われていない。今の言葉も信じてもらえた。これで万事上手く行く。
「もう行くか?」
「はい。出来れば」
「なら先に向かってくれ。俺もすぐに向かうから。用心しろよ。紅椿は強ぇぜ。俺は出来れば参戦したくねぇんだ。死ぬ気でやれ」
「もちろんです。色々お世話をかけます。土方さんも――チャンスをくださってありがとう」
上松はそう言って鍛冶屋を出て行った。来た時みたいに静かに閉められていく戸を見つめながら、土方は大きなため息をついた。
「上松をけしかけてどうする気なんだ。瀬川に被害が行くのは不本意なんじゃないのか、大和屋」
「被害なんていかねぇよ」
「だが上松は瀬川を――」
あぁ、だめだ。上手く行きすぎて笑いが溢れてしまった。確かに土方の言葉は間違っちゃいない。俺は村崎に被害が行くなら絶対に上松を彼の所には行かせない。
だが今回は違う。村崎には被害どころか得にしかならない。村崎が上松に殺されるはずがないし、上松が村崎に敵意を抱けば抱くほど村崎は上松を殺しやすくなる。
「なに笑ってやがる」
土方は不機嫌だ。
「この人でなし」
「何とでも言えよ」
「瀬川がどうなっても良いのか」
「違うよトシ」
不意に吉原が起き上がった。解放された土方はただ吉原の言葉に答えを探すばかりである。
「世荒しは負けない。でも情が強い。宗柄はその情を切り捨てさせる為に上松をけしかけたんだよ。さすがに自分を殺そうとする奴に情なんてかけられないでしょ?」