キミが刀を紅くした

残忍な夢


 明けない夜はない。

 確かにそうだ。だが明けない闇はある。自らの思考を完全に停止させて目を閉じてしまえば闇。瞳に光を取り込んだとしても己の中に芽生えた闇は深く根付くのだ。



「――だからこれが報酬だ」



 半助殿が来て数分しか経っていない。だが紅椿と報酬の話を二、三度された。しかし彼の言葉はあまり理解できていなかった。聞く気がないわけではないのだが。

 手渡された封筒の中は多からず少なからず。人を殺したにしては少ないが一月生活すると考えると多いものだった。俺は頷いた。



「半助殿、聞いても?」


「なんだ」


「半助殿は――お若いのに――人を殺めることが怖くないのか?」


「恐怖はない」


「なら嫌ではないか?」


「嫌でもない」


「どうして?」


「それが主の命だから」



 出来るなら彼の細胞を一寸だけでも貰いたい。俺は前と何ら変わらぬ人殺しなのに心持ちが弱いせいで気が滅入ってしまった。

 慶喜殿は勿論尊敬している。今の良き時代があるのは彼の尽力のお陰なのだ。だから彼の邪魔をする大役を受けるのは光栄な事のはずだ。例えそれが殺しでも。



「――お前が気になる」


「え?」


「主はそう仰っていた」


「気になる、とは」


「壊れないか不安だそうだ」


「勿体無いお言葉だ。半助殿、慶喜殿にお伝え願いたい。お心遣い痛み入りますと。俺は大丈夫、貴方の役に立てるだけて幸せだと」


「承知した」



 軽く会釈をした半助殿は静かに廊下を歩いて乱暴に戸を開けた。勿論閉める時も乱暴に。閉まった戸を眺めて俺は昨晩を思い出す。


 太刀は素晴らしかった。

 俺と上松殿の仕合は経験が差をつけたと言っても過言ではなかった。残念ながら俺は強かった。人を簡単に殺してしまえる程にだ。

 ただ無抵抗ではないだけよかったかも知れない。上松殿は俺を瀬川村崎だと確かめるなり斬りかかり俺を殺しにかかったのだ。嫌な言い方をすれば正当防衛だった。

 ――なんて。

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