キミが刀を紅くした

 あの夜、大和屋は俺を自分の家に連れ帰って風呂と着るものを貸してくれた。その間ずっと「お前は大丈夫だから」と言っていた。

 何が大丈夫なのかは知らないが大和屋がそう言うのだから大丈夫なのだろう。一晩経って少しマシになった思考ならそう思える。


 だが一晩があんなに長く感じたのは生まれてこの方あれきりだ。夜が明けないのではないかと常識を疑ったくらい長かった。

 それで寝付いたと思ったら嫌な夢を見た。血塗れの俺、倒れた上松殿、俺の手を引く大和屋宗柄。俺の頭は現実の一場面を何度も何度も何度も繰り返していた。

 忘れるなと言う戒めなら心して受けよう。だがあれは戒めとは少しだけ違っていた。夢の中の俺は笑っていた。まるで全てを受け入れて全てを肯定するよう、に。



「瀬川の兄さーん」



 ふと声がしたので、俺は玄関の方へ歩を進めた。戸を開けた所に立っていたのは他でもない。沖田さんだった。多分仕事中だと思うが街外れにまで来てしまってる。



「沖田さん、どうしたんです」


「いやなに、兄さんだけ街中に住んでないから中々会えないでしょう? だから会いに来たんです」


「わざわざ仕事中に?」


「大丈夫、土方さんは俺が寄り道するのを見越して見回りの面子を組んでますし。問題ありません」



 問題だらけではないか。

 だが俺が意義を唱える前に彼は俺に手土産を渡して家に上がり込んでしまった。不意とは言えど土産を受け取ってしまった手前、邪険に扱う事も出来なくなった。

 仕方なく彼を追いかけた俺は、前から居座っていた風に座る沖田さんを見て何だか気が静まった。



「お茶入れますね」


「すいませんね」


「かまいません。でも土方さんに怒られない程度にして下さいね」


「へぇ、分かってますよ」



 悪戯っぽく笑う彼は半助殿より大人だが俺や丑松殿よりはまだまだ子供だった。無邪気と言うか自分の感情に素直な無垢な人だ。

 貰った手土産は水饅頭だった。俺は茶と共にそれを運んだ。



「あ、ちなみにその菓子は吉原の旦那から瀬川の兄さんにと預かった物です。島原の姉さん方に分けて貰った大層美味い代物だと」



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