キミが刀を紅くした

「今から連行ですか」


「違いますよ。こんな無防備な連行がありますか。瀬川の兄さんはあの時間に鍛冶屋にいたそうで、それは吉原の旦那もご覧になってます。証人は成立してましたよ」


「成る程。お手間を取らせて申し訳ありません隊長。瀬川さんも」


「いえ」


「じゃあ行きやしょう兄さん」



 頭を低くしている隊士に片手を上げて挨拶をした彼は、俺を引っ張って京の街に向かった。俺は感心していた。彼はあんなに簡単に嘘が吐けるのだと。きっと裏ではもう手が回っているのだろう。

 偽の証人は山ほどいるのだ。



「沖田さん」


「なんです? 花簪にはもう着きますよ、瀬川の兄さんは何度も行った事はおありですよね?」


「えぇ。でも聞きたいのはそれではなくて、さっきの事です」


「さっき」



 甘味屋の前を通り過ぎると奥にいた女の人が会釈をした。俺にしてくれたのかは分からないけれど一応軽い挨拶を交わしておく。

 その間に沖田さんの記憶は時間を遡っていたらしい。不意に俺を振り返った彼は眉を下げた。



「あぁ言う事にしておいて下さいね。吉原の旦那にも大和屋の旦那にもそう言う様に伝えてますし」


「手際が良いですね」


「嘘は生きる術ですから。それより瀬川の兄さん、大和屋の旦那みたく良い人はいないんですか?」


「いえ。もしかして大和屋に良い人がいるんですか? 初耳だな」


「まあ俺が勝手に思ってるだけですけどね。でも土方さんと一緒であの旦那はおモテになるから」



 そうこう言う間に京旅館、花簪に辿り着いてしまった。声に気づいたらしい中村殿が静かに戸を開けてそろりと外を覗いていた。

 俺は会釈をしたが沖田さんは口角をひきつらせて笑っていた。奥に同じく誠を背負った人がいたからだろう、あの土方さんが。

< 125 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop