キミが刀を紅くした
悪いこと。
「美味いか?」
「え、あ、はい。とても」
「感覚があるだけましだな」
土方さんはそう言って少しだけ笑みを浮かべていた。俺は何の事か分からずに首をかしげる。
中村殿は相変わらず番台で忙しそうにしている。客は来ているのだろうか。俺が来てから戸は一度も開いていないはずだけど。
「総司が初めて人を斬った時、紅椿じゃないぞ。まあ時代がそうさせたんだが――あいつはしばらく味覚が可笑しくなってたからな」
「沖田さんが」
「今じゃあんなだが、昔はそんなだった。だからお前はまだマシだと言ったんだよ。大体、お前は昔からの悪人だっただろうが」
「まあ」
「意志に反そうが反すまいが俺たちから見りゃ同じ殺しだ。てめぇの中で起きた矛盾はてめぇでしか解決出来ない。お前も何とかしろよ、総司がそうしたようにな」
彼の言葉は最もだった。
大和屋と言い沖田さんと言い、丑松殿と言い、土方さんと言い。何だかんだ色んな形で俺の精神を支えてくれている事に気付いた。
俺の心は弱いけど俺しか心を強く出来ない。それこそ土方さんが言った様に自分でしか出来ない。
「ありがとうございます」
「礼なんざいらねぇよ」
「じゃあごちそうさまです」
「そりゃ中村に言え」
静かに笑った土方さんは中村殿に茶のお代わりを頼んでいた。だが彼女は土方さんの方ではなくて俺の方へ近付いて来ている。
「瀬川殿」
「はい、なにか」
「あのお方がお呼びです」
「あの、お方?」
「二階最奥の椿の間へお向かい下さい。今すぐにお願いします」
俺は仕方なく立ち上がる。次いで土方さんに茶を運んだ中村殿だが彼にこんな事を言われていた。
「中村、お前は人でなしか」
「否定は、しませんが――私だって、好きでお呼びしたんじゃありません。お分かりでしょう」