キミが刀を紅くした
頷く事しか出来なかった俺は居たたまれない気分になった。殺すに値する人間なんているのか。疑うわけではない、だがしかし俺の疑念が晴れたわけでもない。
「時に村崎。おの父の名誉の為に言ってやろう。村雨は決して悪い人間などではなかった、と」
「あ、ありがとうございます」
しかし、なぜ今に言う。
「今、どうして村雨の事を切り出したのか疑問に思ったろう」
慶喜殿は読心術でも心得ているのかも知れない。その通りだ。俺はどんぴしゃりと当てられた胸中を思い、彼に視線を送った。
彼は頷く。
「徳川は彼を追い出した。お主の人生もさぞ混乱したことだろう。だが追い出す他に手だてはなかったのだ。彼は命を狙われていた」
「命を?」
「紅椿にね」
――紅椿に。
だが父は最期の最後まで徳川に忠誠を尽くしていたではないか。決して悪く言った事はないし、感謝を忘れた事もなかったはずだ。
「村雨は自ら紅椿の正体を突き止めたのだ。そして主と同じ様に紅椿を世の為徳川の為に排除しようとした。だが分かるな村崎。紅椿は徳川の手先、その上村雨に正体を勘づかれたのは半助と総司だ」
半助殿は深く頭を下げていた。きっとそれは彼らの過失ではないのだろう。あの父の事だから過敏に気づいただけなはずだ。
「私は村雨をとても信頼していたし――ここからは私情だが――彼を殺したくはなかった。何があっても彼は俺の味方だったからね」
「では」
「そう、俺が彼を徳川から追い出した事にはなる。世間的には捨てたと言われてしまっているがな」
なら父は慶喜殿に命を救ってもらった事になる。紅椿を追った俺を何とか救ってくれた大和屋の様に。感謝すべきなのだろう。
慶喜殿にも大和屋にも。
「ありがとう、ございます」
「構わん。俺は謝ろうと思ってこの話をしたのだ。悪かった。色んなしがらみを作ってしまって」
「とんでもございません。私も父も慶喜殿に救われているのに、何を責めることができましょう」
俺が首を振ると、慶喜殿は心底安心したと言わんばかりに頷いて再び菓子を食べ始めた。