キミが刀を紅くした
「申し訳ない、半助殿!」
上を見上げると間もなく、まるで忍の様に軽い身のこなしで屋根の上から降りて来た男が一人。
俺は固まったままその男の動きだけをじっと見ていた。忍よりは当然遅く鈍いけれど相当な身体能力と見える。だが――彼は。
「何をしてるんだ」
「なにって――屋根の掃除を頼まれたんでそれをやっていたんだけど手が滑ってしまって。本当に申し訳ない、ちょっとこっちへ」
「どこへ行くんだ」
袖と裾を捲り上げた状態を白の細紐で固定している瀬川は、濡れた俺の手をがっしり掴んでつかつか歩き出した。この前まで紅椿の件で塞いでいた男だとは思えないくらい、陽気な声で足も軽い。
瀬川は切り替えが上手いのかも知れない。俺や大和屋とは違う。
そうこう考えていると瀬川は路地にあった一件の戸を開いた。まるで道場破りでもする勢いだ。
「大和屋、拭くものと火を貸してくれ。悪いが至急頼む」
「な、なんだ村崎」
「さあ半助殿」
手を引かれて子供みたいに火の前へ連れていかれる。大和屋は瀬川に言われた通り、火の前を空けて俺に手拭いを手渡した。
それから少し、笑う。
いや、笑ったのは大和屋ではない。瀬川でも俺でもなかった。
「ごめん、何だか――ははっ」
「丑松殿、居られたのか」
「何だって半助はそんなに濡れてるんだい? 村崎殿もその格好は一体どうしたって言うんだ」
「あぁ、これは、その」
大和屋が不思議そうにしたまま俺から頭巾を取って髪を拭き出した。子供みたいじゃないか。そう思って手を出すが、大和屋は止めない。楽しんでるらしい。
屋根の掃除を頼まれて、不意に手が滑って、水を撒いてしまったら下に彼がいて――と支離滅裂な説明が終わった後、吉原はようやく笑うのをやめて息をついた。
「あぁ、おかしかった。本当、嫌なことを忘れて笑うっていいね」
「何かあったんですか?」
「うん、まあ、ちょっとね」
吉原が口を開こうとした時、大和屋の戸が勢いよく開けられた。現れたのは女、しかも中村椿。