キミが刀を紅くした
椿は珍しく息を切らしていた。彼女は俺と大和屋と瀬川に軽く挨拶をした後、吉原の元へ走る。
「お急ぎください丑松さん。夜帝が西館でお暴れになってますよ」
「――あの野郎」
ぎっ、と一瞬だけ床を睨み付けた吉原はすぐに大和屋を見た。
「悪いね宗柄、話はまた今度。よかったら夜帝の事を二人に話しておいて。村崎殿、半助、しばらく島原に近づかないようにね」
「丑松殿」
「連絡ありがとう椿」
「構いません。さあ早く」
吉原と中村は急ぎ足で出て行ってしまった。俺と瀬川は顔を見合わせてから全てを理解しているらしい大和屋を見やる。
大和屋は中村が閉めきらなかった戸を、しっかりと閉めた。あの中村が珍しい事もあるものだ。
「大和屋、丑松殿は?」
「島原に戻ったんだろ。二日ほど前に夜帝が――島原の本当の支配者が帰って来たから、少しややこしい事になってるみたいでな」
「支配者?」
「村崎は知らねぇか。無法地帯の島原を首代と幾つかの掟と制度を作って束ねた男が昔にいた。それが夜帝。俺も本名は知らねぇが」
夜帝の話は俺も少しだけ耳にした事があった。島原を束ねた一見素晴らしい功績を残した男。だが島原の中から見れば、島原に囲いをして女たちを閉じ込めた野郎。
だからかどうか知らないが吉原は夜帝を嫌っているらしい。母たちから自由を奪った男だからか。
「吉原も会ったのは初めてらしいな。だが互いに噂は聞いているだろうから――大人しく収まるわけもあるめぇよ。だから二人とも、しばらく島原には近づくなよ」
「それで良いのか?」
「良いんだよ。それより村崎、粂助を覚えてるか? 長屋の粂助」
二人が粂助の話をし出したので俺は鍛冶の火を眺めて暇をもて余した。多分、懐かしい話だろう。