キミが刀を紅くした
日が落ちるまでうだうだ悩んでいた大和屋は、最終的に負けた場合サシの刀勝負を粂助に挑もう、と馬鹿げた事を言っていた。
それじゃあ主の母君の形見はどうするんだ、と問えば彼は「もし負けたらお前が長屋に忍び込んで奪ってこい」と、一言。
「吉原が来なくても粂助ってだけで人は集まるもんだな。こりゃ例のいかさま作戦は廃止だ」
日が落ちきってから賭博場へ向かった俺と大和屋は丁半の賭場を眺めて瀬川を待っていた。
だが彼は来ない。
「本当に来るのか」
「来る、だろうな。村崎は約束を守る男だ。来てほしくねぇが、絶対来ちまうはずだぜ。心配ねぇ」
だが幾ら待っても、やはり瀬川は現れない。俺は大和屋を見たが彼は不思議そうに首を傾げるだけであった――しかししばらく。
聞きなれた声がした。
「大和屋、半助殿!」
瀬川である。しかし彼は俺たちが見ていた方ではなく、賭場の中から現れたではないか。賭者は大人しくしておけば良いものを。
俺と大和屋は二人して彼に近付き、軽く一発ずつ小突いてから中に入る。中は既に賑わっていた。
「よう、鍛冶の大和屋。お前がやっと瀬川村崎を譲ってくれるってんで、長いこと待ってたんだぜ」
「譲るなんて言ってねぇよ」
「だが賭けだ。お前が負けたら瀬川は俺の下にもらう。心配するなよ、手荒い真似は絶対にしねぇ」
「聞こえねぇのかよ粂助、俺は負けねぇって言ってるんだよ。さっさと始めようぜ、お前も出せ」
仕方ない、と言わんばかりの表情で粂助は主の母君の形見である徳川の紋が入った脇差しを前に差し出した。保存状態は良い。これなら取り返してすぐ主に渡せる。
脇差しと瀬川が並ぶ異様な光景が目の前にあり、一体全体この賭けは何なのだと人が更に集まって来た。そして丁半が始まる。