キミが刀を紅くした
手下と瀬川を連れて去って行った任侠者の背を眺めながら、大和屋は俺に脇差しを差し出した。
「届けてくれ」
「だが」
「構わねぇよ。それより後の事を頼む。俺はこのまま粂助を追う。村崎を取り返さなければ死んだ方が何百倍とマシだからな」
大和屋がそう言いながら賭博場を出たので、俺は静かに倣った。彼は粂助を追ったらしいが俺は手に持つ脇差しを確認して、主の屋敷へ急いだ。今なら間に合う。
大切な形見がなぜ江戸まで流れて粂助の様な人間に渡ったのかは知らないが、早く届けなければ。
主の屋敷まで走り少しだけ荒れた息を整えてからいつもの裏ルートで中に潜入する。主の部屋には彼一人だけしかおらず、俺はすぐに体制を立てて頭を下げた。
「あぁ半助。ご苦労さま。大和屋共々賭けには負けたそうだな」
「はい、しかし――」
脇差しを差し出すと主は小さく頷いてそれを手にした。だが懐かしむ様子は全く見受けられない。
「賭けに負けて尚、これを回収して来るとは見上げた根性だ。自尊心と言う物が全く欠けているな」
皮肉にも主は笑っていた。俺は主に仕えると決めた時から自尊心など捨ててしまっている。だからその言葉は大和屋に向けて発された言葉なのだと理解出来た。
「まあ良い。して、大和屋は?」
俺は事の終止を主に話した。彼は黙って聞きながら脇差しを丁寧に箱へ入れてしまい込む。主のその動作を見ていると俺は不思議な気分に陥っている事に気づいた。
と言うのは限りない違和感。
大切に扱われない形見に対しての不信感と言おうか。主は決して物を雑に扱う人ではないし、母君のことも大切にしていたし――。
「お恐れながら慶喜様」
「何だ?」
「些細な疑問です。その脇差しは本当に母君の形見ですか」
主は目を丸くしてから軽く笑んだ。いつにも増して優しい顔をしておられる。脇差しに向けるものより数百倍は穏やかである。
「よく気が付いた。半助」
――やはり。