キミが刀を紅くした
「これは大和屋勘兵に作らせた偽物。だが徳川の家紋がついているとなれば偽物も世間では本物になりうるのだ。それだけの価値がこの徳川にはあるらしいからな」
主は言った。
「つまるところ、これは本物の偽物だ。だがまあ大和屋が瀬川を追い掛けたか。一群を相手にどう取り返すつもりか知れないが」
楽しそうに笑った主は窓から外を眺めた。今日は彼の表情がころころ変わっている気がする。
「半助」
「はい」
「お前は運が良い方か?」
主が外から視線を外さずに言うので、俺は彼を見ながら答えた。
「……あまり」
「なら良い。運なんてものは所詮出来ぬ奴の戯れ言だ。運が良いと言うのは自分の実力を信じていない証拠にもなる。お前は偉いな」
「いえ、俺は」
「構わん。謙虚に生きるのは人様の前だけで十分だ」
星の見えない空を見上げながら主は切なそうに呟いた。疲れているのかも知れない。珍しく弱気にも見えてきた。一国の、主が。
俺は軽く頷いた。
「昔からお前だけは裏切らんな」
「誰かに裏切られたのですか」
「いや。夢見が悪かっただけだ。半助、大和屋の様子を見てきてくれないか? 今頃長屋で喧嘩でも売ってるに違いないからな」
「はい」
俺は主の指示に従った。だが姿を消す直前、俺は振り返り自分の瞳に再び彼の姿を映し出した。
「俺は貴方を裏切りません」
「分かってる。夢の中で変わらず俺の隣にいたのはお前だけだ。さあ行きなさい。大事になる前に」
主に軽く頭を下げてから俺は長屋へ向かった。だが残念ながら事は既に大事になった後であった。
長屋辺りに倒れる男たち。それはあの粂助の手下たちだった。主犯はきっと主も言ったあの男。
この日、組が一つ壊滅した。
(01:闇夜の電光 終)