キミが刀を紅くした
俺は改めて子供の姿を探した。目を細めて呼吸を最小限に押さえて無駄なく移動するが、煙は俺の肺を容赦なく攻撃して来る。
――いるのだろうか。
呼吸制御が出来る大の大人でさえ煙の猛威に倒れたと言うのに、幾つか知らないが子供にこの煙が耐えられるのか。いや、もしかすると、もう――嫌な予感が俺の脳裏を過った時、人を見つけた。
これが中に入った馬鹿者か。俺は生死を確かめるべく男の煤けた顔をゆっくりと覗き込んだ。
「――瀬川の兄さん?」
つい口を出た言葉は倒れる男の身体を動かした。だが瀬川の兄さん自身が動いたのではない。
のそりと下から現れたガキ。
黒ずんだ頬は兄さんと同じだ。だが兄さんと違って子供には意識があって足を怪我している。
「たすけて」
「その為に来たんだ。大丈夫」
俺は自分の手拭いを子供の口に当てた。そして彼を抱き抱える。ふと瀬川の兄さんが見えた――でも俺の手は一杯で、大人の男を抱えるほどの余裕はなくて……。
あぁ、だめだ。
言い訳ばかりじゃいけない。出来ない出来ないと言ってはいけない。俺は何のために強くなりたくて新撰組や紅椿にいるのだ。
「捕まってられるかい? 俺はこの兄さんも助けなきゃいけないから、手が必要になるんだ」
男の子は小さく頷いて俺の首にぶら下がった。俺は片手で子供を支えてから、片手で瀬川の兄さんを引っ張り上げて背中に担いだ。
バランスはすこぶる悪い。
瀬川の兄さんが落ちてしまいそうで怖かった。だけど落とすなんて選択肢は絶対に選ばない。俺は人を守りたくて生きてる。強くなりたいのは人を守りたいから。
だから落とさない。
「お兄ちゃん」
目が霞む。俺は何とか力を振り絞って煙の中から脱出すると子供を下ろしてすぐ地面に伏した。
火消しは既に来て作業に取りかかっている。俺は瀬川の兄さんの下敷きになりながらゆっくりと息を吐き出した。息子を抱き締める母親の姿が俺の視界に入る。
「総司、大丈夫か」
「大丈夫じゃありません」
俺は力を抜いた。