キミが刀を紅くした
丑松の闇
遊女が遊女と呼ばれる前、彼女たちは女を女とも思わない野郎友に身体を預けて傷付いていた。だけどそれを見かねた一人の男が女に救済をやろうと牢獄を作った。
それが色街、島原。その男が島原と首代を作った男、夜帝。彼が江戸から帰って来て七日程経つ。
「丑松さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ。もう疲れ過ぎて息もしたくないぐらいだ」
「少しお休みになっては?」
「そんな事したら島原がどうなるか分かってるでしょ、椿」
夜帝が島原に帰って来てからは怒濤の七日間だった。島原の大親みたいなものだから客も遊女も首代でさえも夜帝には逆らえない。だから夜帝は好き放題に暴れている。止める人がいないから。
俺が休んだら、島原は本当に無法地帯と化してしまう。だから俺は休めない。多少無茶をしたって島原を保たなければいけない。
――でなきゃ、掟と世間に縛られた女たちの居場所がなくなる。
「今日来たのは他でもないよ。お松がこれを椿に渡して来てって言うから――はい、水饅頭だって」
ご丁寧に包まれた水饅頭を椿に渡すと、彼女が出した茶を一気に飲み干した。少しだけ潤った喉が無性に心地良い気がする。忙しないが一息はつけたと言う感じだ。
「ごちそうさま」
「もう行かれるんですか?」
「まあね」
「絹松さんに宜しくお伝え下さいね。丑松さんもお気を付けて」
「……ありがとう」
切なく微笑む椿に笑いかけてから俺は花簪を出た。向かうは当然花街島原。今は夕方だから夜帝が暴れ出すにはまだ早いはずだが。
備えあれば憂いなし。
二十数年帰って来なかった過去の支配者に島原を奪われたくはない。奪わせない。あぁ、でも今は夜帝の暴挙を止めるので必死だ。
「丑松さん、夜帝様が」
島原の入り口で叫ぶのは首代の一人、京さんだ。丑松さんと夜帝様だとさ。格差は既についてる。
夜帝“様”なんて止めさせたいけど、そんな事をしたら困るのは京さんだから止めておこう。