キミが刀を紅くした

「あの人は何回言えば分かるのかなあ。今度は何してるの?」


「華宮太夫を何処かへ連れて行こうとしてるんです。絹松さんが止めてますが――急いでください」



 何で、なんて聞くだけ無駄。夜帝はやりたい事をやってるだけなんだから。余計にたちが悪い。相手が嫌がってなきゃ別に構わないんだろうけど――違うからな。

 俺は京さんに連れられて華さんの所まで向かった。華岬には人集りが出来ていたけど、夜帝はそれをもろともせずに歩いている。


 右手には嫌がる華さんの手が握られている。あぁ、やっぱり嫌がる人を無理矢理連れて行くんだ。たちが悪いったらないよ本当に。



「丑松!」



 俺に気付いたお松がありったけの声で俺を呼んだ。人集りが俺の為の道を作ろうと開いていく。そして俺は静かに夜帝と対峙した。



「鬼神じゃないか」


「どうも」


「珍しく随分と息を切らしているみたいだが何か急ぎの用事か?」


「別に息は切らしてません。それより華さんの手、離して下さい。何処へ連れて行くつもりですか」



 夜帝は不適な笑みを浮かべて俺を眺めていた。辺りはしんと静まり返る。騒がしいのは屋敷を照らすきらびやかな光と俺の脳内。

 京さんが俺の着流しを背から少し握ったのが分かった。だが俺はそれに答えている余裕はない。



「鬼神よ。お前は女を閉じ込めると言うわしの法には従うくせに、一人の女を連れ出す気紛れには従っちゃくれんのだな。え?」


「――俺はあなたに従った覚えは一度もないつもりですが」


「たが従っておる。無意識とは恐ろしいものよ。心根ではわしを支配者として認めているのだから」


「認めていたら口答えなんてしません。頼みますから華さんを離してくれませんか。でなきゃ俺も連れて行ってくれませんかね」


「はん、小僧が生意気に」



 言葉は至極乱暴だが夜帝の口元にある笑みは終始消えない。俺は追い討ちとばかりに軽く頭を下げると夜帝は眉間にシワを寄せた。

 そうして「興醒めだ」と呟いて華さんの手を乱暴に宙に投げた。



「鬼神よ、俺の邪魔はするものではない。死にたくなければ賢明に動くことだ。草苅のように、な」


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