キミが刀を紅くした
お松の私室で待機していたら、小さなノックと共に京さんが手拭いを持ってやって来てくれた。
「男前が台無しですね」
そんな事を言いながら、彼女は俺の頬にひやりとした手拭いを宛がう。火照った頬には丁度良い。
俺は京さんから手拭いを受け継いで自分で頬を冷やし始めた。
「なんて情けない顔をなさるんです丑松さん。絹松さんに平手打ちされた事がそんなに堪えますか」
「ねぇ京さん、聞いても良い?」
「なんですか?」
「皆に呼ぶなと言われてたのにどうして俺を呼んでくれたの?」
京さんは優しく微笑んだ。
「私は腕は割りと立つ方ですが首代の中ではまだまだ新米です。丑松さんと過ごした時間も華宮さんや絹松さんに比べたらまだまだ」
「京さんは割りと一緒にいる方だと思うけどな。少なくともお松よりは長いんじゃない?」
「でも私は丑松さんが拾われてから二、三ヶ月は会えてません」
「たったそれだけ?」
「それだけです。それだけの期間で絹松さんと華宮さんは丑松さんに精一杯の愛情を注いだんです。だから二人は特に丑松さんを護りたいんですよ、親としてね」
「京さんは護ってくれないの?」
「護りますよ。でも先ずは護ってもらいます。親としての無償ではなくて、人としての情です。だから私は丑松さんを呼んだんです」
いつか私が貴方を護る時のために、今は護ってもらうんです。
京さんはそう言って立ち上がった。入れ替わりに部屋に足を踏み入れたお松と華さんが座った。
さっきの今で気まずいけれど俺は逃げずに二人を見据えた。
「京、しばらく部屋には誰も入れないでね。客人は返しとくれ」
「はい」
京さんが戸を閉めた。
一寸の沈黙が部屋を包んで、夜になりつつある世間が冷やかな風を部屋に運ぶ。俺たちの間にはいつもみたいに甘い茶菓子はなくてただ、紙が一枚あるだけだった。