キミが刀を紅くした
時間は無駄に出来ない。俺はすぐに島原を出て宗柄が営む鍛冶屋へ足を運んだ。遠い道程ではないが、急ぐために少しだけ走った。
だけど大和屋の戸はいつもと違いがら空きではない。閉まりきっているなんて珍しいと思ったら、残念なことに鍵が閉まっていた。
また村崎殿のところか?
「丑松殿?」
「あれ、」
そんな事を考えていると村崎殿が後ろから声をかけてきた。どう見ても一人だ。なら宗柄はどこに行ってしまったんだろうか。この急を要するときに限って全く。
「村崎殿、宗柄は何処に?」
「居ないんですか?」
「みたいだけど、知らない?」
「存じません。俺も大和屋を探して来たもんですから――この刀を打ってもらうために、ですが」
そう言って村崎殿は一本の日本刀を差し出した。何の変哲もない平均的な長さのもの。鞘は黒いが柄は心持ち紅色の様な気がする。
俺は村崎殿の腰を見た。
「二刀流?」
「いいえ。昔に大和屋のお祖父さんに譲っていただいた刀です」
「この刀、一日だけ貸してもらうなんて事出来たりするかな?」
「残念ながら年代物の錆びがついているので役には立ちませんよ。丑松殿、どうして刀を? 確か小刀を持ってらっしゃるのでは?」
「いや、それが――」
斯々然々で。話し出すと止まらなくなってしまって、この七日分の説明と鬱憤を全部村崎殿にぶつけてしまった。言い終わってから目を丸くする村崎殿が見えた。
あぁ、何をしてるんだ俺は。
「ごめん、村崎殿」
「いえ。事情は何とか分かりました。それで、もし丑松殿がよろしければこの刀をお使い下さい」
彼はそう言って腰に下げていた刀を鞘ごと引き抜いて俺に差し出してくれた。曲がりない刀身は鞘の上から見ても美しい。漆黒の鞘が銀装飾のある柄を余計に目立たせる。質素だが見映えする刀だ。
「芥生流水と言います。大和屋が幕府に献上した最初で最後の刀ですが、切れ味は恐ろしいほど良いので飾りにはならないはずです」
「宗柄が作ったの?」
「本人からそう聞いてます」
彼はそう言って眉を下げた。