キミが刀を紅くした
鬼神か夜帝か。どちらか討ち取れと言われれば迷わず夜帝に行きたい所だ。鬼神――吉原の旦那は一応顔見知りの、仲間だろうし。
だが夜帝に単身、挑戦状を叩き付けるなんて馬鹿な真似は出来ればしたくない。あの人の強さを知らない人は多分この世にはいないだろう。それぐらい、強いのだ。
「全く、あの人は俺に負けろって言いたいんだろうか。本当に」
「あの人って?」
不意に独り言の返事が来て、俺は振り返った。するとそこには紅椿の統治者ならぬ大和屋の旦那が楽な格好をして立っていた。
俺は苦笑いをする。
「旦那、やめてくださいよ人が悪い。吃驚したじゃないですか」
「街中でぼそぼそと何か言ってるからだろうが。で、誰なんだよ。お前に負けろって仄めかすのは」
「いや、誰もそんな事は言いませんよ。それより旦那、今日は鍛冶屋はお休みでお出掛けですか?」
「あぁ、まあな。島原から女たちが消えたらしいじゃねぇか。それをちょっと小耳に挟んだんで様子見でも行こうかと思ってな」
情報が早い。どこから仕入れているのか知らないが、さすがと言うべきだろう。さすが統治者。
この人が知らない事件なんてこの世にはないかも知れない。そういう所はやけにマメらしい。
「沖田、お前もだろ?」
「まあ、そんな所ですかね」
俺と旦那はどちらからともなく歩き出した。互いに向かうは椿の姉さんがいるはずの花簪だ。そこに吉原の旦那もいるだろうし。
街は昼を過ぎて人々で賑わっていた。土方さんは例の遊女誘拐の件を他言無用だと言っていたが、今夜にでも島原に人がいない事が知れ渡ってしまうに違いない。それまでに片をつけるのは無理だ。
「旦那は何処までご存じなんですか、今回の島原の件について」
「少なくともお前が知ってる部分は全部知ってる。村崎に聞いたからな。一緒にいたんだろ?」
「へえ。それじゃあ旦那は吉原の旦那と言うより瀬川の兄さんの様子を見に行くって感じですね」
俺が笑ってそう言うと、彼はため息と共に首を振った。きっとそうなんだろうけど認めてない。
花簪に着いてから、戸を開けたのは大和屋の旦那の方だった。