キミが刀を紅くした

 椿の姉さんが来客に気付かないと言う事は余程忙しいのだろう。または余程吉原の旦那が見放せない。彼は怪我もしていないし。

 俺の推理が当たったのか外れたのか、椿の姉さんはいつもの玄関には居なかった。代わりに見知らぬ女が一人笑顔で立っている。



「ようこそ、花簪へ」


「悪いが客じゃねぇ。だが御上の入り用でな。中村椿はどこだ?」


「椿さんなら今しがた出て行かれました。慌ただしい様子でしたが何処へ行ったかまでは……」



 女は考える、ふりをする。

 見てれば分かる。記憶にない事を思い出そうとしている。虚偽の発言はこう言う時に生まれるのだから。こいつは嘘つきだ。



「頓所の方へ行ったんじゃないかしら。何でも吉原がどうとかって錆びた刀を持った端整な顔立ちの殿方とお話になってましたから」



 俺は大和屋の旦那の背中を少しだけ突いた。だが旦那は気付かないふりを決め込んで「そうか」と女に相づちを打つばかり。



「邪魔したな」



 その上、俺を引き連れて花簪を出てしまったではないか。何してるんだこの人は。それとも何か。

 何か考えがあるのか。



「旦那、あいつ嘘ついてますよ」


「だが此処に中村がいないのは確かだ。何処に行ったかは知れねぇが、頓所にはいねぇんだろ?」


「俺は頓所から真っ直ぐ此処まで来ましたからね。旦那もそうなんでしょ? つまりあっち方面には行ってないって事ですよね」



 旦那が考え出した。だが俺がいつもの癖で真偽を見抜く前に彼は考えるのを止めた。見透かされたみたいで何だか怖くなったけど。

 多分旦那はそんな事気にしてないだろうし、俺は黙っていた。



「錆びた刀を持ってんのは村崎だろう。多分中村も一緒に……吉原を探してる。逃げやがったんだ」


「逃げた? 何から」


「平和からとでも言っておくか。吉原は夜帝と一戦交えるつもりだろう。だから中村と村崎が吉原がどうとか言ったんじゃねぇか?」


「じゃあ吉原の旦那は色街に戻ったって言うんですか?」


「怪我もしてないんだから戻ってたとしても何の不思議もねぇだろう。京って女もそこにいるなら尚更じゃねぇか、戻ってるよ」


< 163 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop