キミが刀を紅くした
何の根拠もない癖に、それは俺を信用させるのに十分だったみたいだ。俺はそれを信頼しきって島原へ走った。勿論旦那も一緒に。
前に吉原の旦那には家がないと聞いた事がある。寝床は遊女や自警団の屋敷を転々としているそうだ。何処に行くかは分からない。だが今回は少し話が違う。
「吉原の旦那!」
俺と大和屋の旦那は島原で一番奥にある自警団の屋敷に向かい、戸を叩きもせずに開けて叫んだ。一階には人がいない。だが人がいた気配だけは残っている。多分夜帝に連れていかれる前の状態だ。
異常と言う他、ない。
「吉原の旦那、いるんでしょ!」
がた、と二階から音がした。
たんたん、階段の音がする。
俺と大和屋の旦那は階段に注目した。ひょこ、とまずは相変わらずの派手な着物が見えてから旦那の顔が見える。いつもと、同じ。
そう言う風に見えた。
「総司、悪いけど京さんの怪我に響くから静かにしてくれない?」
「すいません。でも吉原の旦那、みんな旦那の事を探してます」
「そう。でも俺も人を探してる身だからそれには応えられないな」
へら、と笑った吉原の旦那はひらりとシワのついた着流しを翻してまた二階の奥へと向かってしまう。大和屋の旦那はため息をついて吉原の旦那を追いかけた。
俺はしばらくしてから、年季の入った階段の軋みを足で確かめて二人の落ち着いた大人を追った。
部屋に入って襖を閉めると京さんと言う人が身体を起こして俺たちに深く頭を下げていた。
「こんな格好でお出迎えして申し訳ありません。ご容赦下さい」
どうあっても島原に生きる女と言う事かも知れない。大和屋の旦那が大人らしく静かに頷いたので俺は軽く首を横に振っておいた。
「とんでもない。それより伺って早々に申し訳ありませんが、うちの土方さんは来ましたか?」
「トシなら来てないよ」
京さんの代わりに答えた吉原の旦那は、言いながら窓を眺めた。
「新撰組は島原には関わっちゃくれないでしょ。俺は総司が来た事すら不思議でならないんだ。どうしてトシまで来てくれるんだい」