キミが刀を紅くした

 大和屋の旦那がそう言うと、吉原の旦那は俺たちに「京さんを頼むよ」と言い残して部屋を去って行った。軽やかで重みのある足取りで階段を降りる音が聞こえる。

 だけど瀬川の兄さんは何も知らないはずだ。紅椿に入るまでは女遊びはおろかろくに島原に足を入れた事すらなかったお人だ。

 それがなぜ夜帝を知ってる。

 昨晩も俺と走り回って女たちを探していたはずだし、夜帝に接触する術はない――なぜ嘘を。



「まさか、大和屋の旦那も夜帝とぐるって事はないですよね?」


「はあ?」


「いや、違うならいいんです。それより旦那、瀬川の兄さんは夜帝の事を何かご存じなんですか?」



 旦那は不適に笑った。



「刀がなけりゃ村崎は負ける」


「どういう意味です、そりゃ」


「そういう意味だよ」



 旦那が立ち上がって部屋を出て行こうとするので、俺は彼の腕を掴んでそれを止めた。だが。



「お前も早く吉原を追い掛けた方がいいんじゃねぇか? 事に終止符を打つのはお前の仕事だぜ」



 俺はふと気付いたので、旦那の手を話して吉原の旦那を追い掛けた。何てお人だ、あの人は。

 瀬川の兄さんが吉原の旦那に刀を貸している。だから今瀬川の兄さんは丸腰か何かだ。彼がこのまま引き下がる人でないと言うのは俺にも分かる。正義の人だから女たちが帰ってくるまではきっと吉原の旦那を手伝おうとする。

 だがそうなると夜帝と対峙する可能性も否定は出来なくなる。もしその時、吉原の旦那が一緒にいなければ瀬川の兄さんは刀を抜く事もなく夜帝に負けてしまう。

 刀がなけりゃ村崎は負ける。
 その言葉の意味はこうだろう。



「吉原の旦那!」


「……総司、どうかした?」


「俺も連れて下さい」


「でも」


「正直に言いますと――紅椿の文が来たんです。島原の鬼神か夜帝を粛清して平和にしろって。勿論旦那と仕合うつもりはありませんから、そこは心配ありませんが。ただ相手が相手ですからね」



 そこまで息継ぎせずに言い続けると、吉原の旦那は笑っていた。俺は首を傾げたが彼は頷くばかりで意図は話してくれない。


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