キミが刀を紅くした
吉原の旦那は優しい顔つきをして笑ったまま、何度も頷いて俺の頭にぽんと手を置いた。まるで子供を褒めるか宥めるかの様に。
それから言った。
「総司は強いから俺と仕合っても勝てるよ。それでもあいつを選ぶの? 夜帝は相当強いんだよ?」
俺の頭は返事よりも否定していた。俺は強くない、と。俺は誰よりも強くなりたいはずなのに。
俺はしばらく自分の思考と戦ってから力強く頷いた。吉原の旦那を手に掛けられるならこんな思考になったりしない。力だけじゃないんだ、旦那に勝てない理由は。
「俺は、絹松たちが帰って来ればそれで満足なんだ。本当はこの手で殺してやろうと思ってたけど」
「でも俺だけじゃ殺せません」
「俺だけでも無理だよ。夜帝を相手にするんだから結果に色付けを求めちゃいけない。やれる方がやるって事で良いんじゃないかな」
「吉原の旦那」
「なに?」
「――瀬川の兄さんを探しましょう。大和屋の旦那が言ったことが本当なら、兄さんが頼りです」
「うん、そうだね」
俺たちは手分けして瀬川の兄さんを探す事にした。行く先の検討は全くもって分からないし、大和屋の旦那みたいに聡明な推理力も俺にはない。だけど少し考えた。
色街を出て瀬川の兄さんを探し始めた吉原の旦那を見て、俺はふと色街を見渡した。瀬川の兄さんは吉原の旦那を探していたんだよな。なら来るんじゃないか?
疑問を持ったら確かめたくなるのが人の心情と言うものである。俺は踵を返して誰もいない昼の島原をふらふら歩いてみた。
いる気がした。何の根拠もないけれど瀬川の兄さんは島原に来ていると思ってたいた――ふと。
「言わぬか」
声が聞こえた。島原の西側、大きな屋敷の裏側から。俺は無意識にその方へ歩いて行き声の主を見つけようとしていた。だが。
「言わぬならその喉は必要あるまい。かっ切らせてもらうぞ?」
寒気のする声が嫌な言葉を発している。俺にはそれが誰なのか検討をつける事が出来た。相手の姿を見なくても問題はないらしい。
近付きたくないと本能が叫んでいる。だが行かなきゃならない。