キミが刀を紅くした

「これが最後の警告だ。侍」



 一歩一歩地面を確かめる様に進んで、俺は声の主の背を見た。そして声が向けられている人の顔を正面から見る事が出来た。

 その時瞬時に大和屋の旦那の言葉が頭に過った。刀がなければ村崎は負けると彼は言ったのだ。



「瀬川の兄さん!」



 殺される。

 そう思って何も考えずに叫んで抜刀した。甘かったとは重々思うがそれしか彼を助ける術が思い付かなかった。まだガキなもんで。刀を抜くと言う行為が何を示すかも思い出さないままに抜刀した。



「沖田さん!」



 瀬川の兄さんの叫び声は俺が彼を呼ぶより酷いものだった。だがそれよりも驚いたのは、俺の目の前に夜帝が現れた事だった。速いと言うよりいつの間に、恐ろしいと言うより理解が出来なかった。

 刀が見えたのは俺が斬られる数秒前。肩が痛いと思う前に次の攻撃が来たもんだから、構えていた刀を盾に使う事しか出来ない。



「刀は人を殺す道具だぞ、坊主」


「だからって速攻仕掛けたわけですか。本当に作法も礼儀もない」


「お前が刀を抜いた時から互いに命を掛けたんだ。なぜ殺し合いに礼儀や作法がいると言うんだ」


「――はっ、確かにねぇ」



 痛みは無視して刀を持つ手に力を込めた俺は、思考を飛ばすべく声を荒げて夜帝に突っ込んだ。だが俺が何をしようとも夜帝の口許から笑みが消えない。余裕なんてどこにある。効いてないのか。

 俺は息を止めて勢いを上げた。だが、刀は次第に弾かれた。



「躊躇せずこの夜帝に向かって来た事、後悔と共に誇るが良い」


「アンタは後悔だけしてろ」


「口の減らない餓鬼だ」



 死ぬ覚悟など出来ていない。だけど格好悪いから叫ぶのは止めておいた。今更肩の痛みが振り返して来てジンジン震えている。

 いや、震えてるのは全身か。



「させませんよ、夜帝殿」



 刀の切っ先を俺に向けたまま夜帝は声のする方を見た。するとそこには先程まで地に伏していたはずの瀬川の兄さんが立っていた。

 俺の刀を手にして。

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