キミが刀を紅くした
肩が熱い。じんじんする。だけどそれ以上に俺は目の前の出来事に集中しようと目を凝らした。
させませんよ、と言った瀬川の兄さんは一呼吸を置く間もなく俺の刀を奮い始めた。夜帝は俺の時とは違って攻め足掻いている。
「なんだ兄さん、」
俺の助けなんていらなかったんだ。安心と共に今まで考えちゃいなかった生きて帰れる希望が俺の頭に浮かんできた。困ったな。
情けないったらない。俺はすこぶる弱かった。刀を持たない人を守れなかったんだ。瀬川の兄さんの事を考える余裕をなくして、彼を放って死を選んでいたんだ。
だが兄さんは違う。
大和屋の旦那が瀬川の兄さんの事を刀がなければ負けると言ったのはつまり、刀があれば負けないと言うことなのだ。勝つのだ。
「武士よ、ワシに傷を付けるとはやるな。名はなんと言う?」
「夜帝殿、俺の名なんて聞いても冥土の土産にはなりませんよ。もう少し実のある事を聞いたらどうです。丑松殿の居場所とか、ね」
「それのどこが実のある――」
夜帝の言葉が止まる。その隙に倒してしまえば良いものを、瀬川の兄さんはそれをしなかった。何故かってそれは――たぶん。
「――見つけた」
吉原の旦那がいたからだ。
「鬼神か」
「女たちは何処だ」
「さあな。言う義理はなかろう」
「じゃあ殺してやる」
刀を持った旦那を見るのは初めてだ。だけど酷い殺気。夜帝もそれに気付いたのか彼は旦那の方へ走り出した。旦那も走った。
俺は無意識に瀬川の兄さんの方へ歩を進めていた。俺たちは互いに笑いもせず目線を交わした。
「沖田さん、刀」
「どうも」
交わした会話はそれだけだ。
俺と瀬川の兄さんは合図した訳でもなく吉原の旦那に加勢した。だが三対一であろうとも夜帝の笑みは消えない――あぁ腹がたつ。
だけど強い。腹が立つぐらい。
「兄さん!」
帯刀していない兄さんに刀を渡して、俺は代わりに地に落ちていた鉄の棒を手にして戦った。