キミが刀を紅くした
激しい攻防が繰り広げられるなんて言ってみるが、最初に脱落したのは刀を持っていなかった瀬川の兄さんだった。地面に叩きつけられた彼は蹲って動かない。
助けに行こうにもそんな暇はない。だがよく考えると今一番死ぬ確率が低いのは瀬川の兄さんだ。俺と吉原の旦那がやられない限り兄さんには手出ししないだろう。
旦那が仕掛けて夜帝が防ぎ、夜帝が仕掛けて俺が防いだ後で速攻を掛けて、夜帝が防いで旦那に仕掛ける。こんなに強い人を相手するのはあれ以来久しぶりだった。
俺がまだ年端もいかない餓鬼の頃。新撰組に入る気もなかった、ただ剣術を無意味に習っていた頃に一度だけ強い人と仕合った事がある――それは土方さんだけど。
その後、運悪く賊の襲撃にあった俺の道場は壊滅状態になってしまった。皆は一番年下の俺を護ろうと尽力して、倒れていった。
「おらああああ!」
瀬川の兄さんが叫びながら鉄の棒を力一杯夜帝に向かって投げ付けた。それを避けた夜帝には一瞬の隙が生まれた。吉原の旦那はそれを逃すまいと刀を震う。
吉原の旦那の攻撃は夜帝の腕に入った。噴き出す血飛沫を浴びた後で旦那の顔が少しだけ歪む。
「捉えたぞ鬼神」
低く冷たい声が辺りに響く。
よくよく見れば刀を捉えた反対側の手が吉原の旦那の腹に入っていた。その手には確か――脇差しの様な物が握られていたはずだ。
旦那が死んじまう。
「丑松殿!」
「……やれ、総司!」
旦那の言葉に夜帝が動いた。まずは吉原の旦那が手放した刀を遠くに放って、彼の腹から脇差しを抜いた。そしてすぐに俺目掛けてそれを降り下ろしてくる。
だがその時俺は丸腰だった。
「……悪いけど、鬼は俺だよ。捉えるのは俺の役目だ。あんたは早く逃げなきゃならなかったんだ」
俺の刀は既に吉原の旦那に放り投げていたから。彼はそれで夜帝の心臓を、貫いたみたいだ。
俺は血を浴びた。
(01:夜帝と鬼神 終)