キミが刀を紅くした
命は捨てる。俺はそれぐらいの覚悟で夜帝殿を相手にしていた。休む間など与えない。それに彼もそんな暇は与えてくれないし。
打って打って打って。一撃一撃全てに夜帝殿を殺してやると言う思いを込めた。今は自分が生き残るよりも相手を殺す事が先決。そう考えて彼に刀を振り下ろす。
強さを求めて人を斬った世荒しの頃、ただ利益の為に人を殺した紅椿の仕事、そして――誰かの為に全力で刀を震う今の状況。
俺には一番後者が一番似合わない気がする。ただ、今までになかったからかも知れないけれど。
「腕を上げとる。この半日で」
彼が何かを呟いたけれど、俺には微塵も届かなかった。ただ手応えを感じるだけ。少しずつだけど彼を圧しているのが分かる。
――勝てる。
俺の刀を封じようとした夜帝殿は筋力のある太い腕で俺の手を掴んだ。俺はすぐに利き手とは違う方の手で刀の柄を掴む。そして俺の手を掴んで離さない腕を思いきり蹴り上げると、間を取った。
次に仕掛けてきたのは夜帝殿の方であった。相変わらず自らの剛力を使った攻撃は重く鋭い。懐刀を引き抜いた彼は先程とは比べ物にならない一撃を繰り出した。
懐刀に込められた力は切っ先の一点に集中して、俺を襲う。巨体であるのにあまりにも素早い動きで、俺は反撃を忘れて避けた。
刀の衝撃で俺の背後にあった土壁の屋敷がえぐれた。凄まじき馬鹿力である。あんなものを刀で受けたら刀が割れてしまう。
「次は外さん」
夜帝殿が再び俺の方へ猪突猛進を始める。俺は何とかその一撃を避けて反撃に転じようとした。
だが、彼が狙ったのは俺ではなかった。その切っ先は少し離れた所にいる中村殿に向いている。
「――っ」
声を出すのも億劫だった。斬らせるものかと急いで身を翻したが刀を構えるには時間が足りない。その他盾になるものと言ったら。
俺は自らの身体を夜帝殿と中村殿の間に滑り込ませた。俺の身体は未だに全身痛んでいる。どうせそれに少し痛みが加わるだけだ。大丈夫、俺は彼女を殺させない。
「おい」