キミが刀を紅くした
煙管で喉を焼かれた様な嗄れ声が聞こえた。低音のそれは、まるで異国の太鼓を思い切り叩いたかの様に俺の心臓で響いていた。
「俺の女に手ぇ、出すなよ」
今度は怒声を帯びた声だ。いつもは飄々とした雰囲気なのに、どうしてか迫力がついてしまっている。似合わない。だが鋭い声だ。
俺は夜帝殿に背を向けたまま中村殿を連れ去った。彼女は勿論俺に抱き抱えられるはめになる。
「瀬川さん、すいません、私」
「無事でよかった」
「お邪魔をしてしまった上に、大変なご迷惑をかけてしまって」
「迷惑だなんてとんでもない」
「ですが斬られていたかも知れないんですよ、あのお二方が来なければ今頃瀬川さんは斬られて」
「でも、俺は斬られてません」
ふと振り返って俺は息を吐く。本当にずるい人だ、あの夜帝と言う人は。しかし勝ち目はあるらしい。彼が直接に俺を狙って来なくなったのは、小細工をしなきゃ勝てないと悟ったからだろう。
「中村殿、引き続き彼女たちをよろしくお願いできますか?」
「勿論です」
深々と頭を下げた彼女を見送った後で、俺は差し出された刀を受け取った。見上げればそこには嗄れ声のあの男が立っている。
「刀で攻撃を受けなかっただろ」
「え?」
「折れるとでも思ったのかよ、俺が打った刀だぜ。なあ村崎」
夜帝殿が再び構えている。丑松殿と死闘を繰り広げたからか少しだけ息が上がっている様だ。
「あの野郎を止めろ」
「止めろって、どうやって」
夜帝殿が近付いてきた。あぁ、そういえばこの刀は大和屋が打ったもなんだってな。だが折れないとは言い切れないじゃないか。折れて死ぬのは俺なんだ。あぁ。
「信じろ!」
きんっ!
一瞬何がどうなったのか分からなかった。だが刀が交わった瞬間に丑松殿が笑ったのを、見た。
「あとは任せて、村崎殿」
(01 煌めく脇差し 終)