キミが刀を紅くした

 主が狙われているのはいつもの事だ。だから別段慌てる事は一つもない。京の隠れ屋敷には何人か側近や武士がいる、特別俺が何かをしなければいけない事もない。

 そう思った俺の足は自然と島原に向いていた。一週間前の悲惨な出来事はまるで夢か幻の様に消えている。誰もが忘れている様だ。



「半助、案内しようか?」



 不意に聞こえた声はとりあえず無視しておいた。だが足音だけは無駄にいつまでも付きまとう。

 俺はため息と共に振り向いた。



「着いてくるな」


「どうして。俺を探してたんじゃないの? それとも遊びに?」


「用はない」


「ならどうして来たのかな」



 口角を上げて楽しそうに笑った吉原は、憎らしい程よく女の視線を集めている。夜が始まる時間。着飾った女たちの期待が邪魔だ。

 吉原の問いには答えずに俺は色町を一通り見回った。異常は全くないらしい。主が片付いたと言ったのは間違いではないらしい。



「夜帝は?」


「慶喜殿に言われて来たのか。総司に俺を殺せと命じたらしいね」


「鬼神か、夜帝をだ」


「一緒さ。まあ紅椿に入った頃から何があってもいいように覚悟はしていたけど。言っておいて。今度俺を殺そうとしたら抵抗する」


「知るか」


「半助」


「島原の一件、悪いのはお前だ」



 吉原は驚いた顔をしてから嫌に気味悪く口角を上げた。まるで誰かにそう言われるのを待っていたみたいだ。子供の一人くらいが泣き出しそうな顔をしている。



「だけど俺をこういう風に生かしてるのは世間の規則だよ。第一、慶喜殿は気付いてない。今のは半助の個人的見解みたいだしね」


「――瀬川は?」


「何だ。村崎殿を探してるなら島原より宗柄の所に行くべきだったんじゃない? 鍛冶屋は有力だ」



 言い方が一々癪に触る。俺は吉原を一瞥しただけで、何も言わずに路地に入った。そこから屋根まで上り、瓦を道にして鍛冶屋を目指す。例え雨が降っていたとしても俺は屋根から落ちないだろう。

 足に伝わる瓦の感触が全てを伝えてくれる。瓦道は忍にとっては慣れたものだからかも知れない。


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