キミが刀を紅くした
鍛冶、大和屋の屋根に辿り着いた俺は静かに地面に足をついた。中からはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声がする。良い大人が何をしているのか、知れたもんじゃない。
いつもの様に戸を開けると、中にいた大和屋と瀬川が同時に俺を振り返った。そうしてつかつか足音をさせながら大和屋が近付いてきて、戸を急いで閉めると、俺の腕を掴んで瀬川の方へ行く。
「良い所に来たぜ、服部」
「こんにちは半助殿」
瀬川は俺を見るなり愛想笑いを浮かべて目線を元に戻した。俺はつられて瀬川の視線の先を見て、息を飲んだ。身体が強張った。
――ワン。
視線の先にいた黒犬が吠えた。
「なん、なんで犬が」
「歩いてたら着いて来やがったんだ。勝手に入り込んだと思ったら竈の前を動こうとしねぇ」
「飼えばいいって俺は言ったんですが、固くなで。昔から犬には好かれる質だったから、大和屋は」
「黒犬なんざ飼ってられるか。こいつが例の将軍を狙う頭かも知れねぇのに。お前も聞いたろ」
大和屋はそう言って瓦版の号外を俺に見せて来た。黒犬と共に幕府のお偉方に天誅を下しに参る、なんて見出し。物騒な話だ。
――黒犬、か。
「そういえば」
大和屋は呟いた。まるで――。
俺の思考を読み取る様に。
「お前も昔は黒犬と呼ばれていたな、幕府の狂った黒犬ってよ」
「狂った黒犬?」
「村崎は郊外にいたから知らねぇか。三日千人の何日か前だ。徳川の城に奇襲を掛けたバカが百人程いて、慶喜殿の命を狙ったんだ」
「百人も」
「だが一夜にしてそれは失敗したんだ。生き返った半数は恐怖の中で口を揃えてこう言ったらしい」
わざとらしく、大和屋は間をあけて瀬川の注意を引き付けた。まるで信じきっている瀬川は話を聞きたいがためにそれに乗る。
「なんて言ったんだ?」
「黒い狂犬が何人もいて、笑いながら一人ずつをなぶり殺した」
瀬川は俺をみた。