キミが刀を紅くした
黒が首謀者な訳がない。俺の頭はずっとそんな事を願っていた。友情や仲間意識からではない。黒が相手だと勝てる見込みがないからだ。黒はすこぶる、強い。
街を隠れる様に歩いて主の屋敷に戻った俺は島原の件で知り得た事を主に報告して、一息ついた。
主は興味が失せたと言わんばかりにこちらを見なかったが、新撰組からの伝言を伝えると目の色が変わった。ようやく俺を見た。
「そうか、切り刻まれたか」
「内容が分からないので伺いをたてると言っていました。犯人探しも任せてくれ、警護もする、と」
「警護は任せよう。だが犯人探しは自らやらねばならん。内部の揉め事は内部で片すのが常だ」
「はい」
「黒田影麿か。懐かしい名だ」
主は感傷に浸るようにそう呟いて、書いていた文をぐしゃぐしゃに丸めた。だが笑っている。
主には沖田より大和屋より大きな狂気があるのではないか、と俺はたまに思う。嫌な状況を楽しんでいる点では瀬川と同じか?
「半助、今回の警備配置は全てお前に任せよう。新撰組をも操ってみなさい。俺の命を賭けてね」
本当に嫌な言い方をする。
「御意」
「さあ、そうと決まれば新撰組が伺いを立てるまで休むとするか」
そんな事を言って、主は俺にひらひら手を振った。真っ昼間だと言うのに向かったのは寝床だ。遊んでなさる。ご自分の命で。
良い度胸にも程がある。
俺は主の部屋の回りを確認してから扉の前に座り込んだ。俺は戦の時代を生きていた訳でもないし体験した覚えもない。だから采配などした事がないのだけれど。
主がやれと言うなら仕方ない。選択肢は二つに一つ。絶望かゼロの希望か。ならば俺は希望を選ぼう。底辺よりはましだろう。
「半助、用事が来たら起こしてくれるか。すぐに行くから」
「仰せの通りに」
俺は真面目に返事をした後で主の部屋を振り返った。この人は本当に――昔から変わらない。