キミが刀を紅くした
刀が交わる音がする。外ではもう争いが始まったみたいだ。こちらは数こそ少ないが勝てない訳がなかった。強い二人だから。
だが相手も厳しい訓練を毎日こなしていた新撰組の精鋭。沖田はともかく、情に厚い近藤は少しばかり圧されている。やりにくくて仕方ないのだろう。仲間だから。
「半助、黒田影麿だ」
主が突然そう言った。笑いはいつの間にか収まっていて落ち着いた声を出している。そして。
そして主の横には黒がいた。
「――黒、何でここにいる」
「徳川殿が通してくれたから」
「用件は」
「徳川慶喜の暗殺――」
「じゃあ、あの布告の黒犬は」
「最後まで聞けよ。俺は暗殺阻止に来たんだぜ。昔の名を――今はお前の名だが――悪用されちゃ後味が悪いってものじゃないか」
「だがお前は忍じゃない」
「そうさ。だから自由に生きられる。命令ではなく自分の意思だ」
「――主を恨んでると思ってた」
「主の……慶喜殿の判断はいつも正しい。俺や他の忍を切った理由はちゃんと分かっているしな」
黒は笑った。だが次の瞬間には俺の目の前に現れた。その手に鋭い切っ先の小刀を握りしめて。
「黒」
「俺が恨むとしたらお前だよ。手柄は立てない癖に慶喜殿にはご執心。俺たちの努力はまるで無駄なんだぜ。殺したくもなるだろ」
俺は瞬時に小刀を鞘で止めた。刀は抜けない。屋敷の天井にぶつかってしまうじゃないか。それにしても今の攻撃――俺でなければ死んでいた。やはり黒は疑うべき人だったのだな。あぁ、もう。
――主に褒められた所なのに。
「大人しく死ね、服部」
主。慶喜殿。
確かに執着してるかも知れないな。俺の知る所は出世の道ではなくて主を生かす道だけだから。
出世なんてした所で所詮忍は影の者。後世に名を残した所で所詮それは喜びにはならない。死して尚この世には留まりたくはない。
「――邪魔をするなよ、黒」