キミが刀を紅くした
俺は黒の腹を思い切り蹴ると同時に、油断した彼の手中から小刀を奪い取った。分も経たないうちに完全に逆転した形勢。黒は急いで立ち上がったが首を振った。
「何で邪魔をするんです」
主が俺と黒の間にいた。
「主、退いて下さい」
「ならんぞ半助。小刀を黒田影麿に渡しなさい、勝負は終わりだ」
俺は少し迷ったが、主の言葉に従った。小刀を前にした黒はそれを受け取らず、主を睨んだ。黒の気持ちは分からないでもない。
外道になろうが邪道であろうが鬼になろうが蛇になろうが、主を思う心はきっと同じなのだ。残念ながら俺の方が頭は悪いけど、黒は考えて考えて俺を殺しに来た。
「今去れば許そう。でなければ俺が自らその胸に刀を突き立ててやる。さあどうする、黒田影麿」
黒は小刀を鞘に収めた。
「黒い犬を引き連れて来る。つまり黒犬と呼ばれた男と裏切り者の幕府の犬、両方を意味していた訳ですか。分かってらしたんで?」
いつの間にか沖田が部屋の戸口に立っていた。返り血は相当浴びた様だが、本人は無傷らしい。
主はそんな彼を見て楽しそうに口角を上げて、迎え入れた。
「頭だけは良いと昔から言われていたからな。最も、今回は半助の思考に助けられてはいたが」
「成る程。悪知恵の働く人だ。だけど――新撰組局長、近藤勇に代わって礼を言いますよ。裏切り者をこの手で粛清出来ましたしね」
「なら良い」
「それで、その人はどうするんですか。何なら奴等と一緒にしょっ引きますが、どうしましょう?」
「構わん。すぐに帰るそうだ」
主に見られた黒はばつの悪そうな顔をして「失礼しました」と小さく呟いて去っていった。もちろん、忍ではないから玄関からだ。
「あぁ沖田、土方に紅椿の文を渡しておいてくれ。甘味屋の弥七と言う名の男だ。攘夷に荷担していると聞いた。調査次第やれ、と」
「――分かりました」
封を受け取った沖田は深く礼をして去って行った。俺は黒と沖田が出て行った先をただ見つめた。