キミが刀を紅くした

 俺は隣に座っていた吉原に甘味屋の主人が疑われているのだと言う話をした。吉原は眉を下げて俺を見て無言で真偽を確かめる。

 俺が何も言わないでいると、ため息と共に瀬川に伝言を始めた。相変わらず困った様な顔をしている吉原に対し、瀬川は時が経つにつれて眉間にシワが寄っていく。



「そんなまさか、本当ですか?」


「どうして俺が嘘を吐かなきゃならないんだ。今朝方、文が着た。間違えるはずもないだろう」


「なら貴方は紅……それを、執行すると言うのですか!」



 瀬川は珍しく声を荒げた。紅椿と叫ばなかった辺りはまだ平常心が残っている証拠だろうか。

 俺を睨み付けたまま立ち上がった彼は大きく首を振っていた。



「彼は父から旧知の方です。何度も良くしてもらった。そんな素振りはありませんし、あったとしても……俺は殺させませんよ」


「早るな瀬川。それに私情を入れて解決する問題でもねぇだろう。お前がそれを言った所で俺は奴を調べなきゃならない。仕事だ」


「もし土方さんが彼を斬ろうものなら、俺は貴方を斬りますよ」


「お前、根っからの利己主義者だな。大和屋よりも酷い。俺を斬って何が解決する。何もねぇぞ」


「それでも彼が助かるなら」



 少し目線を外した瀬川は「すいません」と小さく謝罪して腰を下ろした。それからは無言で水饅頭を食べ続ける。そんな心持ちで食べても味なんてしないだろうに。

 言い出したら聞かないとは奴の様な男に使うのだろう。大和屋は自分の為に利己主義になるが、瀬川は良かれと思って他人の為の利己主義者になってしまうのだ。


 なんて邪魔くさい二人。



「お待たせしました土方さん」


「……悪いがその団子、包んで永倉と言う隊士に渡してやってくれないか。もうすぐ戻るだろう」


「はい、構いませんが」


「代金だ。釣りはいらない」



 娘が深々と頭を下げる中、俺は知人に挨拶もせずに甘味屋を去った。行く場所は甘味屋の裏通りにある大和屋の鍛治屋である。

< 195 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop