キミが刀を紅くした

 足早に鍛治屋へ向かう俺はきっとどうかしていたんだと思う。でなければ俺は大和屋に頼ったりはしない。してはいけないのだ。

 仮にも俺は誠を背負い預かる身である。それが大和屋なんかに。


 戸を開けた俺はすぐその視界に大和屋を見つけた。大和屋は気付いているのかいないのか、刀を打つ手を止めない。今日は珍しく来客者は俺以外誰もいない。



「大和屋」


「一人か、珍しいな」


「――頼みがある」


「お前が頼みだなんてなんつう風の吹きまわしだ。紅椿の事か?」


「瀬川だ、瀬川村崎」



 俺がその名を出すと大和屋は鎚を降り下ろすのを止めて俺を振り返った。眉間に寄ったシワがあまり良くない事なのだと理解している様でなんだか可笑しい。

 瀬川については未来も予知か。



「村崎がどうしたんだ」


「今夜足止めをしてくれ」


「なんで」


「甘味屋の主人を調べたいんだが瀬川と主人が知人か何かで、疑って紅椿を執行するなら邪魔をすると言い張りやがったんだ」



 精一杯の皮肉を込めて説明すると大和屋は「なるほど」と一言呟いて、口元に小さな笑みを浮かべた。何だか嫌な予感がする。

 やっぱりこいつに相談するのは間違っていたかも知れない。



「村崎を足止めするのはそりゃ簡単だ。割りと単純だから。だが後始末が邪魔くさいのが問題でな」


「だからそれをお前に頼むと」


「聞けよ土方。お前、村崎と刀を交えてみたいとは思わないか?」


「お前」



 俺は言葉を止めた。瀬川はそれはすごい武士なのか。いいや。そこらの奴なら負けるかも知れないが、俺は瀬川には負けない。

 奴がどれだけ稽古を積んで来たか知らないが背負うものが違う。



「甘味屋の主人は俺が調べてやるよ。だからお前が村崎を止めろ」



 大和屋は笑っていた。

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