キミが刀を紅くした
大和屋は何も言わずに辺りを見渡した。俺はそれを肯定と取り、静かに甘味屋の戸を開けた。中は暗くて静かだ。だが少しだけ、声や人が歩く音が聞こえてくる。
微かな灯りを目指して歩くと、甘味屋の娘と永倉が後ろ手で捕らえられているのが見えた。
あれか。厄介なもんだ。だが主人は何処に行ったんだ――やはり攘夷と手を組んでいたのか?
「――土方副長!」
永倉がわざとらしく声を出す。その途端、何処に居たのか数えきれない程の志士が姿を現した。
攘夷志士の会合、か。
これではまるで俺を捕らえんとする輩の集まりではないか。会合なんて丸い話し合いではなくて。
「覚悟しろ土方」
「誰だお前。いや、それより甘味屋の主人は何処にいるんだ?」
「はっ、こんな時まで人様の心配が出来るとは余裕だな、おい。今の状況分かって言ってんのか?」
俺は刀を抜いた。
天井の低い室内では刀を振りかざす事は出来ない。だから俺は腕をだらりと下げたままである。
俺につられたのか、攘夷志士たちは刀を抜いて構え始めた。
「そのまま刀を放れば良し。放らなければお前は串刺しな上に、この娘と――お前の仲間は死ぬぜ」
志士の頭がそう言った。
娘はともかく、なぜ永倉を盾にするのか分からない。仲間。それは本当に適切な言葉なのか?
「分かった。だが一つ聞かせろ。甘味屋の主人は今、何処だ?」
「……二階でおねんねしてるだろうよ。毎夜毎夜気付いてたのはこの娘だけだからなあ、はははっ」
毎夜会合は行われていた。
娘だけはそれに気付ていた。
永倉はそんな娘に惚れた。
そして、俺の名を、呼んだ。
「結局潔白は主人だけか」
「あぁ?」
「俺は裏切り者を救う程優しくない。この場の全員、覚悟しろ」
俺は懐から紅の椿を投げた。
「今すぐ紅椿を執行する」
(01:疑惑と熱情の代償 終)