キミが刀を紅くした
嫌な謝罪。確かに紅椿に入ったのは不本意だったが、入らなければ俺はのたれ死んでいた。紅椿の報酬は高い。俺は今それで生きていると言っても過言ではない。
だから謝罪とは、違う。
「大和屋」
「昔、言ったよなお前、爺ちゃんが死んで俺が一人だった時。宗柄の居場所は俺が作ってやるって」
――違う。俺じゃない。
それを言ったのは大和屋だ。父さんが死んで一人になった俺に、心配しなくても大丈夫。お前の居場所は俺が必ず作るから、と。
記憶の錯誤。よく分からない。
「覚えてねぇかも知れないけど、言ったんだよ。だから俺は救われた。生きていこうって思えた」
「止めろ」
「鍛治屋で生計立てろって言ったのもお前だ。鍛治屋がないと武士の俺は困るからって、言った」
何で覚えてないんだろう。俺ばかり記憶が欠落しているせいかまるで大和屋が嘘を吐いている様に聞こえてきた。だってそうだろ。
救われたのは俺なのに。
思考がぐちゃぐちゃと混乱して来た時、ふと戸をノックする音がした。俺と大和屋は互いに口を閉じ、戸の向こう側を見つめる。
「入りますよ、旦那方」
暗闇に月明かりが入る。そして何故か少しだけ楽しそうな沖田さんが敷居を跨いでやって来た。
彼はそっと戸を閉めると、軽い足取りで俺たちに近寄った。
「大和屋の旦那、粗方は片付きましたよ。土方さんは後で取り調べ受けると思いますが、あの人なら上手くやり過ごすでしょうし」
「ご苦労。甘味屋の主人は?」
「頓所に居ます。まあ混乱なさってますけど元気ですよ、一応」
大和屋がため息を吐くのが聞こえた。安堵なのか諦めなのか知れないが彼は少し黙り込んだ。
明日になれば甘味屋での事件は号外にでも乗るだろう。街はしばらくその話題で持ちきりになるはずだ。そして俺は、それをそ知らぬ顔で聞き流すだけである。
――聞き流すだけ。