キミが刀を紅くした

 久しぶりに泊まった大和屋の家は少しだけ煙管の香りがした。そう言えば最近持ち歩いている姿を見ていなかったな――まあどうでも良い事なんだろうけど。

 大和屋が寝息をたて始めた後も俺は寝付けずにいた。そして朝を迎えて、昼が少しだけ過ぎた。



「大和屋」



 呼んでも目を開けない。昨晩はよく働いたのだろう。俺は甘味屋に来る前に寝ていたから、一晩寝なくても眠気はあまりなかった。


 別段ここですべき事も思い付かなかったので、俺は彼を起こさない様に鍛治屋を後にした。家に帰ろうとしてふと、頓所前を通る。

 今行っても土方さんには会えないだろうか。だが会えたら――いや会わなきゃいけない気がする。今すぐ。明日じゃなく、今日。

 俺は屯所の門をくぐった。



「あれ、瀬川さん」


「あ」


「永倉です。昨日甘味屋でお会いしましたが覚えてますか?」



 甘味屋で、あぁ、そうか。土方さんと一緒に見回りをしていた人だ。俺は覚えていると言う意味も込めて彼に軽く会釈をした。

 玄関先の掃除をしていたらしい彼は竹箒を片手ににこりとした。



「本日はまたどうして? まさか甘味屋の件で、何かありますか」


「あ、土方さんにお会いしたいんですが……いらっしゃいますか」


「副長ですか。昨日の今日ですからね――あ、紅椿とやりあったらしいんですよ副長――起きてるか分からないので、とりあえず中へどうぞ。様子見てきますから」



 よく喋る人。俺は少し笑って彼の言葉に甘える事にした。昨日の今日と言うなら俺は会ってもらえないかもしれないな、なんて。

 そんな事を考えながら。


 沖田さんは居るのかな。
 近藤さんはどんな人だろう。
 何人くらい居るんだろう。

 そう言えば俺にとって頓所は未知だらけだった。土方さんが所属しているこの場所は、改めて考えるとまるで違う世界の様だった。

 異世界を束ねる局長。それを支える副長の土方さんはきっと。



「瀬川」


「は、はい!」



 気が付けば土方さんが俺の前に腰を下ろして待っていた。

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